成田空港へのアクセス手段としてすっかり定着した成田空港への格安バス。現在は「東京シャトル」の京成バスと「THEアクセス成田」の平和交通の2社が運転しています。両社とも増便に増便を重ね、今や20~30分間隔で運行されるようになりました。
ただ、2社とも都内の発着地は東京駅周辺。平和交通は銀座・数寄屋橋にも寄りますし、東京シャトルも銀座・数寄屋橋立ち寄り便ができましたが、いずれにしろ東京駅近辺であることに変わりありません。
では、なぜ格安バスは「東京駅」発着ばかりなのでしょうか。たとえば、新宿や渋谷からあれば便利ですし、それなりの需要があるのではないでしょうか。
採算性が悪い?
存在しないものを「なぜないのか」と尋ねて答えを得るのは困難です。とはいえ、理由をある程度推定することくらいはできますので、考えてみましょう。
ひとつは採算性の問題です。2012年7月に京成バスが「東京シャトル」を開設したときの設計運賃は、当日2000円、前日まで1500円、1ヶ月前まで予約で1000円という形でした。「事前購入なら安くする」という「LCCスタイル」をバスに採り入れた変動型運賃システムです。京成バスは運行開始時に「デビュープライス」として片道800円にしていましたが、2012年10月以降は定価2000円に移行する予定でした。この価格体系なら、成田着便は1500円が主流、成田発便は2000円が主流となり、平均客単価は1700円程度になっていて、利益は出しやすかったはずです。
ところが、ライバルとなる「THEアクセス成田」が同年8月に運行開始して1000円を定価としました。対抗するため、京成バスは「東京シャトル」の2000円化を延期。その後、多少の微修正をしながら、原則として定価900円としました。いわば、「バーゲン価格」が定価として定着してしまったわけです。
報道によりますと、現在の900円~1000円での損益分岐点は乗車率70~80%程度のようです。路線バスというのはガラガラの時間帯がどうしても発生しますから、定員制の高速バスで平均70%にするのは簡単ではありません。実際、現時点では両社とも平均乗車率70%には遠く及ばないようです。
平和交通はなぜ価格破壊に挑んだのか?
では、平和交通はなぜ「定価1000円で70%の乗車率」という厳しい数字に挑んだのでしょうか。これは想像でしかありませんが、平和交通が非電鉄系のバス会社であることと関係がありそうです。平和交通の持ち株会社であるビィー・トランセグループは、1964年に車輌5台で創業したタクシー会社が発祥です。その後、乗合タクシーや深夜バスなど、電鉄系のバス会社が手がけてなかったジャンルに相次いで進出して成長してきました。いわば「バス業界のベンチャー企業」です。
そもそも成田空港に乗り入れるバス会社は、京成バスや千葉交通といった京成系のバス会社か、それと共同運行する電鉄系がほとんどでした。リムジンバスの「東京空港交通」も京成系です。そこへベンチャー平和交通が「殴り込み」をかけたのが「THEアクセス成田」で、それゆえに、常識破りの低価格に挑戦したのかもしれません。
利益なき繁忙に
結果として、「成田空港格安バス」は、老舗・京成バスと新興・平和交通がガチンコ勝負する舞台となりました。そのため、「増便しても利益は出ない」という状態になっているようです。
こんな「利益無き繁忙」に巻き込まれたいと思うバス会社は少ないでしょう。そのため、京成バスと平和交通以外のバス会社が、現時点で「成田格安バス」に参入する必然性は小さいと思われます。
ところが、京成バスと平和交通以外のバス会社が参入しなければ、別の問題に突きあたります。新宿や渋谷のバス停の問題です。京成バスも平和交通も、新宿や渋谷にバス停を持っていません。かといって、自力で新宿駅や渋谷駅前に新たにバス停を設けようにも、スペースを確保するのは困難です。
要するに、新宿や渋谷に乗り入れるには、京王や東急など拠点とするバス会社の協力が欲しいところで、そのため京王や東急などと共同運行をする必要があります。しかし、京王や東急が利益の出ない「格安バス」に食指を伸ばす理由は見あたりません。
成田方面行きの乗車率は低くなる
また、渋滞の問題もあります。新宿・渋谷~成田空港線は、首都高速都心環状線を経由するため、バスの定時性に不安があります。そのため、どうしても成田空港方面行きの乗車率が低くなります。結果として平均乗車率も低くなりがちですが、乗車率が低いと格安運賃は実現しにくくなります。
また、渋滞を想定すれば車両の回転も悪くなります。それも運賃に反映せざるをえません。これらを勘案すると、渋滞リスクの小さい「東京駅~成田空港」間を1000円とするならば、「新宿~成田空港」なら、安くても1300円、現状の東京駅路線の採算性を考えれば、1500円程度に設定しないと割に合わないのではないでしょうか。それでも採算が取れるかどうかは微妙です。しかし、価格を上げれば、東京発着の格安バスに対しての競争力を失います。
むしろ新規路線の可能性があるとすれば、都心を通らない区間です。東京ディズニーリゾートやお台場、新木場、豊洲のような湾岸エリアなら、渋滞リスクもバス停の問題も小さく、新規の成田空港格安バス路線が実現しやすいかもしれません。とくに、最近はディズニーのお土産袋を持って成田空港からLCCに乗る人の姿を見る機会が増えましたから、東京ディズニーリゾートへの格安バス路線は実現して欲しいものです。