北陸新幹線の新大阪延伸について、大阪府が米原ルートの再検討を求める姿勢に転じるようです。小浜・京都ルートが進展しないなか、米原ルート復活の条件を考えてみましょう。
大阪府が米原ルート再検討へ
北陸新幹線の新大阪延伸については、小浜・京都ルートで決定していますが、巨額の建設費がかかることや、環境問題に対する懸念があり、着工に至っていません。
これについて、大阪府が、米原ルートを含めて再検討を促す方針に転じていることが明らかになりました。
朝日新聞2025年7月29日付によりますと、8月に開かれる北陸新幹線早期全線開業実現大阪大会に向けて調整中の決議案で、「これまで小浜・京都ルートで進められている中、米原ルートも含めて幅広く比較・検討する」「費用対効果について検討を加速し、着工5条件を早期に解決」といった文言が盛り込まれています。
費用対効果の情報開示求める
北陸新幹線新大阪延伸については、政府・与党が2016年に小浜・京都ルートを決定しました。しかし、いまだに詳細なルートは未決定で、着工にも至っていません。
2024年8月に、京都駅周辺などを通る3つルート案が示されましたが、建設費は3兆円以上になることが判明しています。いっぽう、整備新幹線の着工5条件の一つである投資効果(費用便益比)は示されていません。
決議案では、「費用対効果について検討を加速」という表現で、費用便益比について早急な情報開示を求めています。投資効果で着工5条件をクリアできないのであれば、米原ルートも含めて検討をしなおしてはどうか、という提言と捉えられるでしょう。
着工5条件を満たせるのか
整備新幹線の着工5条件についておさらいしておくと、①安定的な財源見通しの確保、②収支採算性、③投資効果、④営業主体としてのJRの同意、⑤並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意、の5つを指します。
北陸新幹線で、現時点で明確に条件をクリアしているといえそうなのは、④のみです。小浜・京都ルートは、そもそもJR西日本の提案に基づいているので、このルートである限り、JR西日本が同意しないことは考えられません。
⑤の並行在来線についても、不透明な部分が残りますが、JRが湖西線や北陸線の経営分離を持ち出さず、問題にならない可能性が高いと言えます。
建設費が高すぎて
しかし、②収支採算性と③投資効果については、建設費が高すぎて基準をクリアできそうもなく、小浜・京都ルートの最大の課題となっています。
また、①安定的な財源についても、主要財源である新幹線貸付料について不透明な部分がある上に、自治体の負担額が大きすぎて、京都府や大阪府は応じきれないかもしれません。
京都市内では環境面から反対する声も小さくありません。環境問題は着工5条件には含まれませんが、沿線自治体の住民からの反対が強いと、事業推進は困難です。京都府や大阪府の首長にとって、住民の反対を押し切ってまで推進する動機に乏しいプロジェクトだからです。
参院選の結果を受け
こうした状況を背景に、大阪府が「再検討」に舵を切ったのは、7月20日投開票の参院選の結果が影響しているようです。
京都府選挙区で新幹線延伸問題は争点の一つとなり、米原ルートの再検討などを訴えた日本維新の会の新実彰平氏が大差でトップ当選しました。与党プロジェクトチームの委員長として小浜・京都ルートを推進してきた西田昌司氏は、当選したものの、得票数を6年前より半減させています。
大阪府の吉村洋文知事は日本維新の会の代表でもあり、選挙結果を京都府の民意と受けとめ、選挙後、米原ルートの再検討を求める姿勢を明確にしました。
7月29日の定例記者会見で、吉村知事は、米原ルートも含めた比較検討を国に提案する考えを明らかにし、「超党派で議論を進める会議体があるべきだ」とも主張しました。これまで、ルートは与党プロジェクトチームが決めていましたが、与党の衆参過半数割れを受け、野党も協議に参加させろと要求した形です。
北國新聞2025年7月30日付によれば、選挙結果を受け、西田委員長も方針を転換。米原ルートと舞鶴ルートを含めて、国土交通省にルートの再試算を指示する意向を明らかにしました。北陸新幹線新大阪延伸のルート問題は、大きな転換点を迎えたと言っていいでしょう。
米原ルートのハードル
では、再検討したとして、米原ルートが再浮上する可能性はあるのでしょうか。
着工5条件という視点で見てみると、米原ルートの実現には、④JRの同意と、⑤並行在来線の経営分離がハードルになります。
JR西日本が同意しなければ、この話は終わりです。仮にJRが同意したとしても、北陸線米原~敦賀間の経営分離を求めた場合、滋賀県は同意しないでしょうから、⑤をクリアできません。
一方、米原ルートの建設費は、小浜・京都ルートに比べれば低廉です。中川大・京都大学名誉教授の試算によれば、米原止まりが9,000億円、東海道新幹線直通が1.6兆円です。そのため、②収支採算性や③投資効果をクリアできる可能性は高いでしょう。
その二つをクリアできれば、①安定的な財源も見通しやすくなります。とはいえ、滋賀県が費用負担に難色を示せば、実現が難しいことに変わりありません。
滋賀県にとって、北陸新幹線が県内を通過することのメリットは小さなものです。相応の負担額でなければ、応じかねるでしょう。
ここまでは、米原乗り換えの場合のハードルですが、東海道新幹線に乗り入れるとなると、線路容量の問題や、保安装置など技術的な問題が加わります。JR東海という手強い当事者が現れ、さらに事態は複雑になります。
「滋賀県の考え方」
じつは、この問題は、北陸新幹線新大阪延伸のルートが検討されていた2012年頃に、関西広域連合ですでに議論がされています。
議論の過程で、滋賀県は、2013年3月28日に、「北陸新幹線(敦賀以西)ルートに関する滋賀県の考え方」という文書を公表しています。引用してみましょう。
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滋賀県としては、この2つの課題については、下記のとおり関西全体で解決されるべきものであると確認する。
1.北陸新幹線(敦賀以西)の整備に伴い発生する費用負担については、詳細な全体事業費の提示を国に求めた上で、これまでの属地主義によらず、受益に応じた負担とし、関西全体で解決すること。
2.北陸新幹線(敦賀以西)に並行する在来線区間(北陸本線、湖西線)については、平成15~18年度にかけて、多額の地元負担により、直流化工事を実施し、京阪神地域と一体となった交通ネットワークを形成する幹線交通として、重要な役割を果たしている。それゆえ、今後とも、「並行在来線」としてJR西日本の経営から分離されることなく、引き続き、JR西日本が一体的運行を維持されること。
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(引用ここまで)
つまり、滋賀県としては、米原ルートにするのであれば、建設費を関西全体で負担して、並行在来線も分離されないことを条件に掲げたわけです。
関西広域連合では、滋賀県の考え方を受け入れたうえで、「米原ルート案」が最も優位であると結論づけています。
そして、東海道新幹線乗り入れについては、リニア中央新幹線の新大阪開業の早期開業を促して、「積極的な対応を図ること」を求めました。すなわち、リニアの新大阪開業までは米原駅での東海道新幹線乗り換えで対応し、リニア開業後は、東海道新幹線の線路容量に余裕が生じることを見越して、乗り入れると想定したわけです。
JRも消極的
今回、大阪府が「米原ルートを含めた再検討」を求めるのであれば、この関西広域連合案に戻る、ということになるでしょう。
ただ、滋賀県の負担分を関西6府県で分担するのであれば、兵庫県や奈良県、和歌山県まで巻き込んだ議論となり、それはそれで難しい話になることが想像できます。
また、JR西日本の長谷川一明社長は「米原で止まるので、いまの敦賀止まりと何も変わらない。お金をかけて米原にレールを持っていく意味がわからない」と消極的な発言をしており、受け入れるかは定かではありません。
JR西日本としては、米原乗り換え案は、米原~新大阪間の収益をJR東海に奪われる形にもなります。そのうえ、並行在来線を分離しないのであれば、JR西日本にとっては、経営的にマイナスになってしまう可能性もあります。
さらに、滋賀県の三日月大造知事は、米原ルートを求めないことを、これまで再三表明しています。今回の大阪府の動きに対しても、「正直戸惑う。望まないことを押しつけられるのは好ましくない」と難色を示しています。
滋賀県が同意しなければ、滋賀県に新幹線に作ることはできません。そのため、米原ルートについては、「ルートとして決定すること」自体が、難しそうです。
米原ルート復活の条件
逆に、米原ルートが成立する条件を考えてみると、関西6府県が滋賀県の費用を分担し、JR西日本がルートに同意し、並行在来線を分離しないということです。
米原ルートの建設費は1兆円規模にとどまり、国と6府県で分担するのであれば、各自治体の負担額はそれほど大きくありません。過去に議論されたことでもあり、合意できる余地はあるでしょう。
政府が「米原ルート」を大方針として固め、6府県が費用分担で合意し、貸付料の金額を低く抑えてJRに受益が生じる設計にできれば、JR西日本も歩調をあわせる可能性がないとは言い切れません。
米原ルートの復活条件があるとすれば、こうした形でしょう。とはいえ、針に糸を通すような難しい合意が求められます。また、その場合も、東海道新幹線乗り入れは、将来的な課題として先送りされるでしょう。
他のルートは?
北陸新幹線延伸をめぐっては、当初、「湖西ルート」も候補として検討されていました。しかし、検討の過程で、比良おろしと呼ばれる強風や、京都駅での東海道新幹線乗り入れの不透明さが指摘され、選択肢から外れました。
国交省の再試算の対象となる「舞鶴ルート」はどうでしょうか。小浜市から舞鶴市を経て、京都駅に至るルートです。舞鶴という中核都市を通ることで、京都府内の利用者が増える可能性がありますし、北部の山岳地帯を避けやすいので、工事の難易度を下げられるメリットもありそうです。
ただ、距離が長くなるので建設費が嵩む一方、北陸・関西間の時短効果が小さくなるので、費用便益比が悪化する可能性があります。実際、2016年の調査では、小浜・京都ルートより建設費は高く、費用便益比(B/C)は低い結果となっています。京都市内を通るのであれば、小浜・京都ルートと同様の工事の問題も生じるでしょう。

京都市を経由しないのであれば、「小浜・亀岡ルート」も考えられます。当初、「小浜ルート」と呼ばれたルートです。京都市内を経由しないので、京都市に関する諸問題は解消します。
しかし、京都府内にできる駅が亀岡市のみになるのなら、京都府として、巨額の費用負担は割にあいません。京都市発着の旅客の利便性も低いですし、費用便益比をクリアするのは難しそうです。
新大阪延伸が難しい理由
北陸新幹線の新大阪延伸が難しいのは、「建設費」と「費用分担」といった財源論に加え、「工期」「難工事」「環境」「残土」といった問題が複雑に絡んでいるからです。
京都市内の環境問題がクローズアップされがちですが、本質的な問題は費用が高すぎて、着工5条件を満たせないことです。それをクリアしたとしても工期が長く、工事は難しく、地下水などの課題もあり、重金属を含むトンネル残土処分のメドも立たない、という話です。
これらを解決するには、建設距離を短くして、費用と工期を削減し、難工事や環境、残土問題の発生しそうな区間をできるだけ減らすことでしょう。そうなると米原ルートという考え方になるのは、やむをえません。
ただ、1兆円を投じて、敦賀~米原間に新幹線を作る意味があるのか、と冷静に考えると、難しいところです。大阪~北陸間で乗り換えが生じる点は現状と変わりませんし、時短効果も限られます。JR西日本社長の「お金をかけて米原にレールを持っていく意味がわからない」という話には一理あります。
東海道新幹線に直通するなら意味がありますが、現実として線路容量が厳しいので、現段階でこれを前提とするのは難しそうです。期待のリニアも、新大阪どころか、名古屋までいつできるのかすら、見通せなくなっています。
袋小路に
何であれ、米原ルートを再検討するということは、10年前の議論に逆戻りすることを意味します。そこからスタートして、米原ルートの抱える諸問題を整理して、着工にこぎ着けるのは、相当な時間と政治力を要します。再検討で局面が変わり、事態が動くかといえば、そう簡単な話ではなさそうです。
とはいえ、小浜・京都ルートを押し通すなら、本質的な問題である着工5条件をクリアしなければなりません。しかし、費用面からみると絶望的です。となると、着工5条件を変更するか、骨抜きにするしかありません。西田委員長は骨抜きを狙っていたようですが、参院選の苦戦と与党の過半数割れで、その政治力には陰りがみえます。
結局、北陸新幹線の新大阪延伸は、袋小路というほかなく、いまの敦賀乗り換えを打破する方策は見あたりません。(鎌倉淳)