「ローカル路線バス 対決旅 陣取り合戦」第3弾 山形~宮城を分析する。奇襲の効果は絶大か

ドクターと呼びなさい

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河北町は奪えなかったか

次に、河合チームを検証してみましょう。

河合チームはジャンケンに敗れ、寒河江方面に向かいます。中山町、寒河江市の両陣は順調に押さえましたが、次に狙っていた河北町の陣を太川チームに奪われ、目算が狂います。

仮に、太川チームが河北に進出してこなければ、どうなっていたでしょうか。

▽1日目
寒河江駅前10:40→10:46石川→徒歩1.1km→チェリーランドさがえ(☆寒河江市)→徒歩1.1km→石川12:01→12:10谷地所岡→徒歩0.4km→和田酒造(☆河北町)→タクシー7.5km→さくらんぼ東根駅前14:13→15:25仙台駅西口

このように、河北の陣である和田酒造から、さくらんぼ東根駅前までタクシーを使えば、実際ルートに収斂します。1陣多く獲得した上で、仙台に向かえるわけです。

つまり、河合チームにとって河北の陣を取れなかったのは丸損でした。タクシー代が多少浮いたかもしれませんが、痛手であったことは間違いありません。

河合チームは、山形からバスの乗り継ぎが順調だったために、タクシーを使ってまで先を急いで河北の陣を取りに行く動機に乏しかったという側面もあります。その油断をルイルイに突かれたわけで、好事魔多し、というところでしょうか。

ローカル路線バス対決旅陣取り合戦3
Ⓒテレビ東京
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河合チームの不運

河北町を奪われた河合チームとしては、村山方面へ北上しても先手を取られているので、仙台方面へ先を急ぐという戦略にならざるをえません。さくらんぼ東根駅を14時すぎのバスに乗り、15時半頃には仙台駅へ到着、近くにあった仙台の陣を制します。

ただ、ここからの一行は不運でした。富谷の陣(富谷宿)と大和の陣(梅香亭)がどちらも閉店後。大衡の陣(大衡城)は確保したものの、2つ陣の空振りは痛手でした。

一般に、陣取り合戦では、ゴールに近い陣は、2日目に訪れやすいように午前中に開いている店舗が選ばれやすい傾向があります。夜は閉まっているので、1日目に先行しすぎると空振りしやすいのですが、その陥穽にはまってしまいました。

また、夜間行軍だけあって、道迷いもしたようです。とくに富谷宿は、車内での聞き込み情報に従って、コストコが見えたすぐの湯舟沢で降りてしまいましたが、実は最寄りバス停は次の富谷でした。さらに、富谷宿から大和町に向かう際にも迷ったとみられ、3~4kmは余分に歩いた様子です。夜間だけに疲労は大きかったでしょう。

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仙台から多賀城へ向かったら

河合チームに別の展開があったとすれば、仙台駅での選択でしょうか。一行は富谷方面を目指しましたが、仮に多賀城方面へ向かっていたらどうなっていたでしょうか。

▽1日目
仙台駅17:13→17:50岩切駅→徒歩3.5km→多賀城跡(☆多賀城市)→徒歩2.5km→塩釜駅→徒歩2.6km→武田の笹かまぼこ[閉店]→徒歩1km→本塩釜駅

▽2日目
塩釜駅07:30→07:49利府駅前→徒歩0.6km→森郷自然公園(☆利府町)→タクシー15km→富谷宿(☆富谷市)09:15→09:28吉岡上町→徒歩0.2km→梅花亭(☆大和町)→徒歩2.6km→大衡城(☆大衡村)→徒歩3.7km→大和町バスターミナル13:20→13:45物産館(☆大郷町)15:20→15:52松島町役場→徒歩1.2km→松島五大堂

多賀城跡には営業時間がありませんが、塩竃の陣の武田の笹かまぼこが9時~16時になっているのがネックです。となると、1日目に塩竃まで行っても陣がとれません。翌朝、その開店を待っていると出遅れますので、見切って利府、富谷とタクシーを飛ばせば、大和町バスターミナルから大郷を経て松島にゴールできます。

この場合、1日目が4陣、2日目が5陣となり、計9陣を確保できそうです。多賀城、利府と取りやすい陣を制しているので、太川チームが実際ルートをたどると、松島の陣以外は確保できません。太川チームは塩竃の陣を狙えますが、その場合、松島着は遅くなるので、松島の陣が河合チームに帰することでしょう。となると、河合チームが勝利できた可能性が高そうです。

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梅花亭でバスを待っていたら

実際ルートに戻りましょう。河合チームの大きな決断は、2日目のタクシー利用でしょう。大和町の梅花亭からタクシーで富谷宿を経て、利府町を飛ばし、一気に多賀城跡を攻め落としました。タクシー代を全てつぎ込んだ乾坤一擲の大勝負ですが、効果はあったのか、気になるところです。

まず、梅花亭近くには吉岡上町のバス停があり、9時48分発となっています。このバスを待って乗っていたらどうなっていたでしょうか。

▽2日目
梅花亭→徒歩0.2km→吉岡上町09:48→10:03富谷→徒歩0.3km→富谷宿→タクシー15km→森郷児童公園(☆利府町)→タクシー5.4km→武田の笹かまぼこ(☆塩竃市)

この行程では、時間的に多賀城の陣は太川チームに奪われますが、かわりに利府の陣は確保できるためイーブンです。その後、武田の笹かまぼこまでは、おおむねタクシーで行けそうで、武田の笹かまぼこの到着時刻は11時半頃でしょうか。つまり、実際ルートより多少早く着けそうです。

ただ、この時間に塩竃の陣に到着した場合、その後の展開は実際ルートとほぼ同じになっていたとみられます。

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利府の陣を狙ったら

もう一つの可能性として、実際ルートでタクシーに乗り、利府町内に入って森郷児童公園へ向かったらどうなっていたでしょうか。

▽2日目
ルートイン仙台大和インター→徒歩1km→梅香亭(☆大和町)→タクシー6.2km→富谷宿(☆富谷市)→タクシー約15km→10:00頃 森郷児童公園(☆利府町)→タクシー+徒歩4.3km→11:00頃 本塩釜駅→徒歩1km→武田の笹かまぼこ(☆塩竃市)→12:00頃本塩釜駅12:27→13:13七ヶ浜国際村14:03→15:00本塩釜駅/本塩釜駅前15:21→15:48利府駅前15:57→16:16二本椚→徒歩2.1km→16:50松島五大堂

こちらは武田の笹かまぼこに、11時過ぎには着けていたでしょう。その場合、本塩釜12時27分発の七ヶ浜方面行きバスに乗れた可能性があります。

七ヶ浜のミッションポイントがどこかによりますが、比較的遠い七ヶ浜国際村だった場合でも、折り返し時間が50分あるので、獲得可能性はあったでしょう。その場合、合計9陣となり同点に追いつけた可能性があります。

まとめると、実際ルートで一行は富谷から多賀城まで一気にタクシーで進む勝負に出ましたが、順序通り利府町内の森郷児童公園に寄っていたほうが、引き分けに持ち込める可能性が高かった、ということです。逆転するには、利府の陣と多賀城の陣を両取りしなければなりませんが、それはできなかったでしょう。

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七ヶ浜へは行けなかったか

河合チームは、塩竃の陣を13時頃獲得して、その後の動きはオンエアにありません。推測すると、利府駅前15時57分のバスで松島方面に向かったとみられます。逆算すると本塩釜駅前を15時21分に出るバスに乗ったのでしょう。

つまり、塩竃で2時間あまりの時間があり、この間に七ヶ浜の陣を獲得できていれば、引き分けに持ち込めたはずです。

ただ、オンエアにもあったとおり、この時間からでは、バスで七ヶ浜町に入っても戻ってこれません。可能性があったとすれば、塩竃の陣である武田の笹かまぼこから2kmほど歩いて七ヶ浜町域に入り、七ヶ浜の陣が近辺にあった場合に限られますが、仮定の話にすぎません。

先に七ヶ浜を目指していれば

惜しかったのは、多賀城の陣を制した後、塩釜駅に向かってしまった点でしょうか。七ヶ浜を目指して多賀城駅に向かっていれば、以下のようなコースも可能でした。

▽2日目
多賀城跡(☆多賀城市)→徒歩3km→多賀城駅11:14→11:59七ヶ浜国際村(☆七ヶ浜町)13:20→14:14本塩釜駅→徒歩1km→武田の笹かまぼこ(☆塩竃市)→徒歩1.0km→本塩釜駅前15:21→15:48利府駅前15:57→16:16二本椚→徒歩2.1km→16:50松島五大堂

このルートなら、2日目に5陣を確保し、計9陣で同点に持ち込めていました。

しかし現実の一行は、塩竃の陣を太川チームに奪われまいと考えたのか、塩竃市内を一目散に目指してしまいます。実際は太川チームは塩竃は捨てて利府に進んでいたので、読み合いで外してしまったといえるかもしれません。

多賀城の陣を押さえた時点で、太川チームが塩竃を捨てると河合が判断していれば、七ヶ浜の陣を先に狙い、帰路に塩竃の陣を目指すという上記のような方法もあったでしょう。そうすれば同点に持ち込めていたわけです。

大郷町へ向かっていたら

最後に、松島周辺の他の市町村の陣を得られなかったかも考えてみます。一行は本塩釜を15時21分に出るバスで利府駅に向かったようですが、北にある大郷町に向かうなら、次のような経路もありました。

▽2日目
本塩釜駅前15:21→15:48利府駅前/利府駅16:15→16:43物産館16:48→17:23松島町役場→徒歩1.2km→松島五大堂

18時ギリギリにゴールできます。残念なことに、大郷町の物産館での乗り継ぎ時刻が5分だけなので、ミッションをこなすのはおそらく不可能です。

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まとめてみると

最終的には9対8でしたので、太川チームの勝利の決め手となったのはゴールの松島の陣といえそうです。言い換えると、仮にこれを河合チームが奪っていれば、逆転できていました。しかし、展開上、河合チームが2日目に4陣を得た上で太川チームより早くゴールするのは困難だったので、勝敗はその前に決まっていた、と考えた方がよさそうです。

となると、帰趨を決めたのは、やはり河北町ブロック作戦でしょう。この奇襲を成功させた時点で、太川チームが最善を尽くせば、河合チームの勝ち目はなくなっていたと思われます。

太川チームは大石田の陣を取り損ねたものの、1日目夜遅くまで粘り、2日目も始発便で仙台に移動しました。持ち時間は両チーム34時間ですが、太川チームは夜討ち朝駆けで時間を最大限活かしていて、これも勝因の一つと考えられます。

最後は5時間を残しての早上がりでしたが、ゴールの陣は相手の得点を増やさないという意味で2差の価値があるので、割にあう話です。

一方の河合チームは、大和町から富谷、利府を経て多賀城まで、タクシーで一気に詰めて勝負に出ました。その結果、多賀城の争奪戦では勝利しましたが、効果は限定的で、むしろ利府で降りた方がよかったくらいです。となると、タクシーの使いどころが、勝敗の差につながった側面もありそうです。

天童ルートが有利

振り返ってみると、重要なのは最初のジャンケンでした。勝って天童行きバスに乗る「天童ルート」のほうが、有利だったということです。寒河江ルートの必勝パターンを探してみましたが、これというのは見つかりません。上述したなかでは、1日目に多賀城を押さえて塩竃に泊まり、2日目に富谷から大郷に大展開するルートなら勝てた可能性が高いと思われますが、控えめに表現して机上論です。

ただ、河合チームにも、引き分けに持ち込めるチャンスならありました。たとえば、タクシーで利府を通過しなければ、七ヶ浜へ向かう時間ができるので、引き分けられたかもしれません。先を急いでて多賀城を押さえにかかったあたりは、「機先を制する」ことに気を取られすぎた観があります。

机上論を承知で付け加えるなら、多賀城跡確保の後、多賀城駅から七ヶ浜を目指さなかったのも悔やまれます。この時も、太川チームに先んじるために塩竃に向かってしまったように感じられました。河合チームは、河北の奇襲の後遺症なのか、先手を打たれないように用心しすぎた印象です。

前回は名参謀パックンを擁して、先回りで圧勝した河合チームですが、今回は空回りして見事にしてやられた、というところでしょうか。川村が「女房役」となって奮戦しましたが、寒河江ルートという所与の条件が厳しいこともあり、力及びませんでした。

ルイルイにしてみれば、溜飲が下がったことでしょう。これで太川チームの2勝1敗。続編も楽しみですが、このまま「太川vs河合」が定着するのか、それとも大御所・川﨑麻世の復活もあるのか。今後の対決の構図も気になります。

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