2025年の「骨太の方針」で、全国新幹線の基本計画路線の整備について、在来線の高機能化で実現を図る方針が示唆されました。いわゆる「中速新幹線」計画を推進する姿勢で、これまでのフル規格を前提とした政策からの大転換といえます。
「骨太の方針2025」
「経済財政運営と改革の基本方針2025」が閣議決定されました。いわゆる「骨太の方針」で、石破茂内閣の政策の方向性を示した内容です。
「骨太の方針」は幅広い分野を扱いますので、一つ一つの政策に関する言及は短いです。その分、一言一句に深い意味が込められていて、前年からの違いを読み解くと、政策方針の転換が垣間見えます。
ここでは、「骨太の方針2025」に盛り込まれた新幹線計画の政策方針について、その内容を読み解いていきましょう。
整備新幹線は変化なし
まず、整備新幹線について、「骨太の方針2025」では、次のように記しています。
「我が国の国際競争力強化のため、高規格道路、整備新幹線、リニア中央新幹線、都市鉄道、(略)を推進するとともに、担い手の確保・育成に取り組む」
2024年版もほぼ同様の内容でしたので、北海道、北陸、西九州の整備新幹線3線区については「これまで通り推進する」という方針に変わりはありません。2025年版では、工事が遅れている北海道新幹線札幌延伸について「一日も早い完成・開業を目指す」といった注釈が加えられている程度です。
基本計画路線の表現に変化
大きな政策転換が示唆されたのが、新幹線の基本計画路線についてです。基本計画路線とは、全国新幹線整備法に基づいて立てられた新幹線計画のうち、整備計画が決定されていない路線を指します。奥羽新幹線や四国新幹線、山陰新幹線、東九州新幹線などが含まれます。
これについて、「骨太の方針2025」では、以下のように記しています。
「基本計画路線を含む幹線鉄道ネットワークについて、各地域の実情を踏まえ、地方創生2.0の実現にも資する幹線鉄道の高機能化に関する調査や方向性も含めた検討など、更なる取組を進める」
2024年版では「基本計画路線及び幹線鉄道ネットワークの地域の実情に応じた諸課題について方向性も含め調査検討を行う」とありましたので、表現に違いがみられます。
基本計画路線と幹線鉄道の位置づけ
2024年版との大きな違いは、基本計画路線と幹線鉄道の位置づけです。
2024年版では「基本計画路線及び幹線鉄道ネットワーク」と並列的な表現だったところ、2025年版では「基本計画路線を含む幹線鉄道ネットワーク」と一体的な表現となりました(下線筆者)。
基本計画路線は幹線鉄道ネットワークに含まれると、位置づけたわけです。
「幹線鉄道ネットワーク」とは何か
この表現の変更は、何を意味しているのでしょうか。
まず、「幹線鉄道ネットワーク」という言葉の意味は曖昧です。国交省では、これまで、新幹線を中心とした広域的な鉄道ネットワークを意味する用語として使用してきました。
しかし、「骨太の方針」の2024年版は「基本計画路線及び幹線鉄道ネットワーク」と記し、新幹線の基本計画路線を、幹線鉄道ネットワークと分けて扱っています。この場合、幹線鉄道ネットワークは「在来線の幹線」という意味に受けとめられます。
「骨太の方針」では、「幹線鉄道の高機能化」という表現も使われていて、この意味するところは、おもに在来線幹線の高速化です。この点からも、「幹線鉄道」は在来線を意味することがうかがえます。
中速新幹線での整備を示唆
それを踏まえて、2025年版の「基本計画路線を含む幹線鉄道ネットワーク」という表現を見てみると、新幹線の基本計画と在来線の幹線を一体的に扱う考え方が見て取れます。
新幹線を在来線と一体的に整備するということであれば、基本計画路線を必ずしもフル規格新幹線では作らず、在来線の一部を活用しながら整備していく方針を意味していることになります。
これは、いわゆる「中速新幹線」といえます。中速新幹線に明確な定義はありませんが、在来線と新幹線の中間的な速度帯で走行する鉄道を指します。
具体的には、最高速度150km/h~180km/h程度で列車が走行する路線です。狭軌在来線やミニ新幹線で、線形や車両を改良することにより実現を目指します。
つまり、「骨太の方針2025」では、基本計画路線を「中速新幹線」として整備する方針を示したと捉えられます。
これまで、基本計画路線はフル規格新幹線で建設することが前提でした。その方針を転換するわけです。
政府の新たな鉄道政策
「骨太の方針2025」では、ローカル線のあり方に関する方針も示されています。「ローカル鉄道の再構築、鉄道ネットワークの在り方等の議論の深化、幹線鉄道の地域の実情に応じた高機能化に関し、更なる取組を進める」とあります。
2024年版でも、ローカル鉄道の再構築と、幹線鉄道の高機能化には触れられていましたが、別文脈でした。2025年版は、ローカル線問題を起点に、地方の鉄道のネットワークを議論して、幹線について高機能化していくという文脈に整理されています。その文脈から少し離れた先に、「基本計画路線を含む幹線鉄道ネットワーク」を位置づけています。
ここから読み取れる政府の新たな鉄道政策は、地方ローカル線について選別し、幹線については鉄道として維持したうえで、全国的なネットワークとして捉え、一部を高機能化する方針といったことになりそうです。
新幹線の基本計画路線も、幹線鉄道ネットワークの一部として組み込まれます。在来線の地方幹線を中速新幹線に進化させることで、基本計画路線を実現するというわけです。
これまで、新幹線は在来線の別線として建設してきました。しかし、新方針では、新幹線は、必ずしも在来線の別線とは限らないことになります。
予算委員会の首相答弁
中速新幹線が話題になったのは、2025年2月26日に行われた衆議院予算委員会の集中審議でした。中速新幹線について質問した福島伸享議員(茨城一区)に対し、石破茂首相は、次のように答えています。
「フル規格の新幹線が日本国中に、あと30年ぐらいで張り巡らされるのはベストに決まっている。しかし、北陸新幹線、北海道新幹線、九州新幹線が完成して、その後、次の新幹線計画に入るとなると、相当に先のことになる。フル規格の新幹線を諦めるとはいわないが、中速新幹線には首肯する部分がたくさんある。政府の中でその点は真剣に議論していかねばならない」
「中速新幹線は、本当に150km/hを出せるのか、(制動距離)600m条項をどうするか、踏切の数をどれだけ減らすか、線形をどれだけ変えるか、みたいな専門的な話をすると幾ら時間があっても足りないが、そこはきちんとやりたい」「フル規格までの間をどうするのということを、技術的な課題の解決とあわせて、きちんと詰めていきたい」
内閣総理大臣が予算委員会で、中速新幹線について「きちんと詰めていきたい」と明確に答弁しています。その総理大臣が初めて取りまとめたのが、今回の「骨太の方針」です。ならば、その本文で示されているのが「中速新幹線構想」であることは間違いないでしょう。
このときの質疑で、福島議員は、自らの地元を走る常磐線や、石破首相の地元を走る山陰線などを例に挙げ、中速新幹線の検討を求めました。これに対し、石破首相は「御指摘は共感を持って承りました」と応えています。
「大きな政策の転換」
福島議員は、2025年6月17日の衆議院国土交通委員会で、「骨太の方針2025」の新たな表現について、「政策の主体が新幹線から幹線鉄道ネットワークに変わった」「大きな政策の転換」と評価しました。
「大きな政策の転換」というとオーバーにも聞こえます。しかし、「骨太の方針2025」の示すところが、基本計画路線のフル規格整備を棚上げして、在来線の速度向上に政策の軸足を移すことであれば、たしかに政策の大転換といえます。
これに対する中野洋昌国交相の答弁は、「幹線鉄道ネットワークについては、利用状況や地域の実情、鉄道事業者の意向を踏まえつつ、技術的な観点も含めて検討を深化させていく」と、通り一遍の内容でした。
それでも、「技術的な観点」も含めた検討をすると述べていますので、「技術的な課題の解決」を宣言した2月の首相答弁を継承していることがうかがえます。
この答弁に対し、福島議員は「昨日の事務方のほうが夢のある話をしていた」と辛口でした。つまり、国交省の官僚が、福島議員の質問通告に対し、中速新幹線の将来展望について事前に説明したということです。
となると、中速新幹線構想は、国交省内ですでに検討が開始されていることになります。首相の趣味が高じた独り相撲というわけではないようです。
「基本計画」を骨抜きに
「基本計画路線を含む幹線鉄道ネットワーク」という表現を、もう少し読み解いていきましょう。
この表現で、「高機能化」の対象となりうるのは、全国新幹線整備法に基づいた基本計画路線だけではありません。他の在来線も含まれます。
これも重要なポイントです。これまで、新幹線は「整備計画路線」を作った後に、「基本計画路線」に着手することになっていました。「次の整備新幹線」は「基本計画路線」から選ばれることが、大前提だったわけです。
しかし、中速新幹線計画は、200km/h未満の路線であるがゆえに、全国新幹線整備法に拘束されません。同法における「新幹線」とは、最高速度200km/h以上と定義されているからです。
つまり、「次の新幹線」を中速新幹線で整備するならば、基本計画路線から選ばなくてもいいわけです。福島議員が例に挙げた常磐線も対象になります。
言い方を変えれば、新たな方針は、「基本計画路線」という従来の枠組みを棚上げし、必要な区間に「中速新幹線」を整備するという狙いも含まれているわけです。
その点に着目すれば、「中速新幹線計画」は、新幹線の「基本計画」という既存の枠組みを骨抜きにする施策ともいえます。
旅客流動に合っていない
新幹線の基本計画路線は、1973年に決定されたこともあり、現状の旅客流動と合っていない部分もあります。
たとえば、秋田新幹線(盛岡~秋田)が機能している現状で、奥羽新幹線(福島~山形~秋田~青森)を全線整備する意味は小さいでしょう。それよりは、基本計画路線に含まれない田沢湖線(秋田新幹線)の速度向上を図るほうが、事業として効果的です。
宮崎への新幹線も、日豊本線で大分を経由するよりも、新八代から分岐する方が、現在の流動にあっています。
これからの幹線鉄道ネットワークの方向性は、こうした路線も含め、新幹線基本計画から漏れた在来線区間の機能強化にも対応できるような枠組みを目指すのではないでしょうか。
「骨太の方針」効果
振り返ると、新幹線の基本計画が「骨太の方針」に盛り込まれたのは、2023年が最初でした。このとき、新幹線基本計画の「地域の実情に応じた検討」が盛り込まれ、各地で建設運動が活発になりました。
たとえば、東九州新幹線では、従来の「日豊線ルート」のほか、「久大線ルート」や「新八代ルート」が調査されています。
ただ、これらはフル規格新幹線を前提とした調査になっていて、実現性については疑問符が付く内容にとどまっています。
2025年の「骨太の方針」で、中速新幹線を意識した調査が後押しされるようになることで、2026年度は、各地でより柔軟な想定で調査がおこなわれることになりそうです。
逆に、「整備新幹線への格上げ」を目指す動きは鈍るかもしれません。「基本計画路線を幹線鉄道に含める」方針は、新幹線の新たな整備計画を作らないことを意味しますので、基本計画から整備計画への格上げもありません。したがって、それを目指した運動は下火にならざるを得ません。
具体的な対象路線は?
では、中速新幹線の検討対象となりうる路線は、具体的にはどこでしょうか。
すでに具体的な整備に向け動き出している区間としては、函館線(札幌~旭川)、千歳線(札幌~新千歳空港)、秋田新幹線新仙岩トンネル(赤渕~田沢湖間)、山形新幹線米沢トンネル(福島~米沢間)の4か所が挙げられます。
そのほか、新潟県では、上越妙高~長岡間について、信越線や北越急行を活用して上越・北陸新幹線に乗り入れる検討がおこなわれています。
四国新幹線については、岡山~宇多津間などはフル規格での建設が求められそうですが、一部は単線での建設や、在来線の利活用も検討されるでしょう。まさに「基本計画路線を含む幹線鉄道ネットワーク」を総合的に実現できる路線です。
前述の東九州新幹線も、新八代ルート(新八代~宮崎)や鹿児島中央ルート(鹿児島中央~宮崎)で一部を中速新幹線にすることで、具体化に近づけられるかもかもしれません。石破首相のお膝元である山陰新幹線も、当然、検討対象に入り得るでしょう。
政策の再転換の可能性
石破内閣の支持率を見れば、今回の「骨太の方針」の考え方が、いつまで維持されるのかは疑わしいといえます。内閣が代われば、政策の再転換がおこなわれる可能性はあるでしょう。
とはいえ、いまさら「基本計画路線を全て複線フル規格で作れ」と主張する内閣が誕生するとも思えません。
そもそも、国交省は2017年度から2022年度にかけて『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』をおこなっていて、最高速度200km/h程度の速度帯の鉄道を「新たな整備・運行手法」として検討しています。
そのなかで、「既存線活用による高速化」の手法についても調べています。これはいわゆる「中速新幹線」と考え方は同じです。すなわち、中速新幹線のような概念は、国土交通省内で何年も前から検討されてきたわけで、石破首相の思いつきではありません。
「フル規格の旗を降ろす」という、政治的にやりにくいことを、鉄道に理解のある首相の下で、静かに実行に移し始めた、というところではないでしょうか。
「基本計画路線を早急に整備する」「地方幹線を鉄道ネットワークで活かす」という二つの目標を両立させるのであれば、在来線の高速化=中速新幹線が現実的な解の一つとなり得るのは確かです。
ならば、今回の「政策大転換」は、このまま定着する可能性が高いのではないでしょうか。(鎌倉淳)