北陸新幹線敦賀延伸の工事遅延や事業費増を検証する委員会が、最終報告書を公表しました。整備新幹線の工期や事業費の決定方法について問題点を指摘しています。工事遅延をもたらした原因は何か。国土交通省の報告書から読み解いていきましょう。
工事は1年遅れに
北陸新幹線の金沢~敦賀間は、2022年度末の開業を目指して工事が進められてきましたが、2020年11月に、工期遅延と事業費の大幅増が明らかになりました。工期については1年半、事業費については2880億円増加するというものです。最終的には、工期を1年遅れ、事業費を2,658億円増に抑えることを目標に工事を進めています。
これについて、国土交通省は専門家に事実関係の検証を依頼。「北陸新幹線の工程・事業費管理に関する検証委員会」を設けて、議論を進めてきました。その最終報告書が2021年6月25日に公表されました。
工事遅延、事業費増の経緯については、2020年12月に公表された中間報告書に記載されていて、その内容は「北陸新幹線の工事遅延はなぜ起きたか。国交省の報告書を読みとく」で記事にしていますので、そちらをご覧ください。
最終報告書では、中間報告書で検証した経緯を基に、整備新幹線建設の構造的な課題を踏まえて、再発防止策をとりまとめています。要点を読み解いていきましょう。
政権交代で前倒し
北陸新幹線の敦賀延伸は、2011年に当時の民主党政権において着工が決まり、その際、開業時期は2025年度としました。しかし、2012年に政権が自民党に交代すると、前倒しを求める声に応え、開業時期の見直しが行われます。
2015年1月に、政府・与党申し合わせにおいて「沿線地方公共団体の最大限の取組を前提に、完成・開業時期の前倒しを図る」ことが決まり、北陸新幹線は3年前倒しの2022年度末(2023年春)開業を目指すことになりました。その時点で10年後の開業予定だったところ、7年後にしたわけです。
この点につき、報告書では、「金沢・敦賀間の完成・開業時期の見直しに当たっては、地元自治体より、工法上の工夫及び早期開業に向けた当該自治体の用地取得体制の強化等の事業促進への協力を前提として3年間の工期短縮が可能である、との提案がなされたことが背景となっている」と記しています。
「3年前倒し」の前提
要は、地元自治体が「用地取得の体制を強化をするので3年間の工期短縮が可能」と提案してきたから、前倒しが決まったということです。
地元自治体の「最大限の取り組み」を前提として、用地の測量・取得・更地化と、埋蔵文化財調査完了の目標を2016年度末と設定しました。しかし、実際は用地の測量や取得が、58工区のうち28工区で計画通りに進まず、最終的に用地取得・更地化が完了したのは2018年度末でした。
つまり、「3年前倒し」の前提となる用地取得完了時期は2016年度末だったのに、実際に完了したのは2018年度末だったということです。見方を換えれば、2018年度末の時点ですでに2年の工事遅延が生じていたわけです。
下図は、北陸新幹線敦賀延伸の予定工期と、実際の工期の比較です。用地取得や埋蔵文化財調査の終了が、短縮工期(3年前倒し)から2年ずれ込んで、標準的工期(当初予定)より1年早いだけになっているのがわかります。
入札不調が頻発
この遅延を取り戻そうと、工事契約の主体である鉄道・運輸機構では、急速施工などの工期短縮策を講じます。しかし、多くの工事を進めようとしても、施工する業者がいなければ工事はできません。実際、2019年春から夏にかけて工事の入札が集中してしまい、応札できる業者が足りず、不調・不落が頻発しました。
結果として、急速施工では遅延を回復することはできませんでした。2020年7月に、2 年程度の工期遅延が生じるとの報告が、鉄道・運輸機構から国交省鉄道局に伝えられました。
最終的には、遅延28工区のうち、加賀トンネルの3工区と、敦賀駅工区で、2022年度末の完成・開業目標に間に合わないことが明らかになりました。加賀トンネルにおいては、2020年3月に盤ぶくれによるクラック(亀裂)が確認された影響が大きく、10ヶ月超の遅延が見込まれることが明らかになっています。
敦賀駅の設計変更
敦賀駅工区は、2017年の設計変更が大きく影響しました。2017年5月に与党整備新幹線建設推進PTの検討委員会において、同駅に新幹線と在来線特急を上下で乗り継ぐための上下乗換線を設置することが決まったことです。
同工区は2017年3月に土木工事の工事契約を締結したばかりでしたが、5月の設計変更決定を受けて、10月に工事実施計画の変更認可を受けるに至ります。結果として土木工事着手が約1年遅延してしまい、回復することができませんでした。
報告書にはありませんが、この変更の背景には、当初計画されていたフリーゲージトレインによる大阪直通計画の頓挫があります。フリーゲージトレインの導入断念が正式に決まったのは2018年8月ですが、2017年には導入が不可能という見方が広まっていました。そのため、地元の要望を受け、敦賀駅での乗り換え利便性の向上を図ることとなったのです。
工期遅延回復にあたり、機構側は、軀体などの土木工事と駅舎などの建築工事の同時施工を試みましたが、同時施工は技術的には可能であっても、作業ヤードの面積の制約などから、現実的には困難だったということです。
急速施工で事業費増
事業費増については、「工期を短縮するために作業要員の増強等の急速施工を実施すれば事業費が増加する」「工期と事業費は相互に密接に関係している」と指摘。事業費が膨れあがったのは工事を急いだ結果、という見解を示しています。
突貫工事にコストがかかるのは当然の話で、驚くに値しないのですが、問題はそれが透明性のある手続きを経て決定されていないことです。これについて、報告書は、「当時、機構においては工程管理と事業費管理を別々に行っていた」として、工程管理・事業費管理の体制・ルール上で問題があったことを明らかにしています。
経緯には深入りせず
ここまで読んでいただければわかるように、北陸新幹線の工事遅延の発端は、2015年に決まった3年前倒しにあることは明らかといえます。正確にいえば「工法上の工夫と用地取得体制の強化」という、前倒しの前提条件が実現できなかったことにあるでしょう。
さらに、2017年の敦賀駅設計変更時に、開業目標時期の変更がなされなかったことで、工期に決定的な無理が生じ、最終的に開業遅延に至ったといえます。
となると、3年前倒しや、敦賀駅設計変更の決定時に、どのような検討がなされたのが気になりますが、報告書はそこに深入りしていません。
開業時期決定の問題点
そのかわり、報告書では、現状の整備新幹線建設の開業目標時期の決定方法の問題点を指摘しています。
報告書によると、開業目標時期は、「線区固有の技術的な検討が必ずしも十分に実施されていない概算段階での見込みを前提に決定」されます。その工期は過去の事例を参考にするものの、工事実施計画認可の段階では用地取得は未実施で、地質調査も不十分です。「着工後に予期せぬ地質不良が判明するなど、不確定要素が多い」のです。
そして、「土木、建築、軌道、機械、電気等の多系統の工事を基本的には直列的に実施するため、工事着手後の柔軟な工程調整が困難」で、着工後の工期短縮が難しいことを指摘しています。
整備新幹線の「開業目標」は精度を欠いている、工事着手後に簡単に工期を短くすることはできない、ということです。
そのため、事業着手後、「一定の段階で工期・事業費の見直しの必要が生じる」のは当然の帰結です。ところが、整備新幹線では、その見直しは容易ではありません。なぜなら、「完成目標時期に合わせて関係自治体において駅前の再開発事業や観光振興策を検討」するという、新幹線特有の「工期遵守への期待の高さ」があるからです。
報告書では「こうしたことが背景となり、金沢・敦賀間の工事においても、工期が3年前倒しされ時間的余裕のない中で、工期ありきの無理な工程管理、事業費管理に陥ってしまったと考えられる」とまとめています。
変えられないことが問題
報告書は、整備新幹線建設において、開業目標時期が精度を欠いたまま決定されていて、工期短縮が容易でないにもかかわらず、一度決めた工期・事業費を変えられないことを大きな問題と捉えています。
新幹線のような巨大プロジェクトで、長期に及ぶ工程が予定通りに進むとは限らないのは当然です。物価高騰や予期せぬ難工事で工費が高騰するのも避けられません。
問題は、工期が延びたり事業費が上がることではなく、工期や事業費を変更するシステムが整っていないこと、と指摘しているわけです。
見直しの提言
報告書では、見直しのため、以下のような提言をしています。
まずは、工事実施計画において工期・事業費の見込みを記載する際に、「外部の専門家の検討結果を踏まえ、設計協議や用地取得等に関する自治体の協力や用地取得の完了見込み時期等の前提条件を明記する」ことを求めています。
着工後についても、「工期・事業費の状況について継続的にモニタリングを行う」ことを求めています。そのうえで、上記の前提条件が成立しなかった場合や、認可時には予測できなかった事象が発生した場合、大幅な設計変更が必要となった場合などにおいて、工期や事業費の見直しをする必要があるとしています。
これらは、北陸新幹線敦賀延伸において、3年前倒しの前提条件たる用地取得促進の約束が守られなかったこと、敦賀駅の大幅な設計変更が決まったにもかかわらず工期見直しが行われなかったことに対する反省といえます。
自治体にも改善求める
報告書では、「機構は、自治体との調整を円滑に進めるため、自治体の協力を得られやすい環境整備を図り、自治体からの最大限の協力を得る必要がある」と指摘しています。
これは、機構が主語になっているものの、矛先は沿線自治体に向けられています。沿線自治体が、新幹線建設に対して「最大限の協力をしていない」と暗に批判しているわけです。
報告書では、「着工を判断する段階で、用地取得や設計協議のみならず発生土の受入れ地の確保や作業用地の確保等について、自治体に最大限の協力の確約を求めることとする」「自治体等による施設の仕様変更等の要望については、関係者間で要望内容及びそれによる工期や事業費への影響を共有した上で、実施の是非及び負担のあり方を議論し、透明性を確保することが求められる」と、主語を機構としながらも、強い調子で自治体の姿勢の改善を求めています。
工事関係者にヒアリングをするなかで、3年前倒しや敦賀駅設計変更について、地元自治体に対して腹に据えかねる声が多かったのだろう、と邪推したくなるような書きぶりです。
国交省の報告書が地方自治体を直接的に批判するわけにいかないので、機構側に向けた記述になっていますが、実質的に自治体に改善を求めた内容とみていいでしょう。
国交省の責任
報告書では、遅延が起きた理由とあわせて、遅延情報が機構や国交省で共有されなかったことを問題視しています。そのため、機構に対しては、ガバナンスの強化や、工程と事業費を連動して管理する手法の導入などを求めています。詳細は略しますが、報告書が課題として挙げた記述の多くは機構の「ガバナンス等の課題と対応の方向性」に割かれています。
国交省に対しては、「新幹線建設は機構の責任において実施すべき業務であり、鉄道局はその監督を行い、何か問題が発生したとき等必要に応じて対応するという姿勢でいたこと」を問題としました。受け身の姿勢が問題だったという指摘です。
対応として「機構と一体的に新幹線建設等を実施する」ことを掲げ、その手段として「機構の技術者との人事交流を拡充」「キャリアに応じた職位等を確保する」といった人事制度の変更を挙げています。
実際に「抜本的な体制強化」として国交省がおこなったのは、「局長をヘッドとする機構に対する監督体制の設置」と、二つの参事官ポストの創設です。役所としてできる努力は人事だけなのかも知れませんが、事に乗じてポストを増やしてしまうあたりに、霞が関らしさを感じてしまいます。
3年前倒しの決定や、敦賀駅設計変更に、国交省がどう関わったかも知りたいところですが、そうした記述は一切ありませんでした。
長期的展望なく
そのほか、やや意外な指摘として、新幹線建設における長期的展望の欠如が挙げられています。「新幹線整備については、長期展望がなく、事業量の変動が大きい一方で、機構の職員数は継続的に減少しているため、事業量が急増すると要員不足が急激に顕在化する」という構造的な問題です。
新幹線整備に長期展望がない、というのは言われてみればその通りで、造るかどうかは政治次第です。政治の都合で複数の地域で同時期に着工し、同時期に開業したりしますが、機構にしてみれば、長期的視野で順番に着工し、工事量を平準化したほうがいいでしょう。
それができないので、事業量の変動が激しくなります。仕事量を自らコントロールできないとなれば、採用も展望を欠くことになり、人材確保に影響を及ぼすのは避けられません。
建設的な内容だが
全体的に見ると、最終報告書は再発防止に重点を置き、建設的に書かれています。整備新幹線の開業時期の設定や、工程管理にかかわる構造的な問題点に切り込んでいる点は、評価されていいでしょう。
一方で、身内である国交省には甘い、重要な決定をしたはずの与党には触れない、自治体を直接的に批判しない、という難点も多く、官僚機構内の報告書の限界を感じざるを得ません。
議事録を読むと、「完成・開業時期の3年前倒しの工期設定が適切であったかどうかの検証もしてほしい」という発言が残されています。適切かどうかは明記されていませんが、全部を読めば不適切であったことが察せられるようになっています。明記していない理由は言うまでもないでしょう。
とりまとめる立場の苦労が偲ばれる内容の報告書ではありますが、隔靴掻痒の感を覚えずにはいられません。(鎌倉淳)