北海道新幹線の札幌延伸開業が、2039年春になる見通しが明らかになりました。これまでの予定より8年遅れです。どんな影響があるのか、まとめてみましょう。
予定より8年遅れ
北海道新幹線は、新青森~新函館北斗間が開業済みで、新函館北斗~札幌間が建設中です。札幌までの開業時期は、当初2035年度とされていましたが、2015年に5年の前倒しを発表し、2030年度となっていました。
しかし、トンネル工事などで遅延が発生し、2024年5月に、建設主体の鉄道・運輸機構が目標通りの開業は困難と発表。新たな開業時期について「具体的な時期を示すことは技術的に困難」として、明確にしていませんでした。
その時期が、ようやく明らかになりました。
国土交通省が有識者会議で新たな開業時期の目標を検討していて、その結論がまとまったのです。内容は、工期短縮策を講じても、2038年度末ごろになるというものです。
予定より8年遅れです。工事の進捗によっては、開業時期はさらに数年遅れるおそれもあるそうです。
東北新幹線360km/h化は先送り
2038年度末とは、2039年春を意味します。すなわち、北海道新幹線の札幌延伸開業は、2039年3月ダイヤ改正まで、あと14年も待たなければなりません。その影響は広範囲に及びます。
札幌延伸開業の遅れの影響を象徴するのが、新たに開発される東北新幹線の新型車両E10系です。
JR東日本は、北海道新幹線の札幌延伸開業を見据え、最高速度360km/h運転を目指して車両の開発と設備の改良を進めてきました。しかし、発表されたE10系の最高速度は320km/hです。JR東日本として、360km/h運転の先送りを明確にした形です。
札幌延伸が14年も後の話になるのであれば、東北新幹線の高速化を急ぐ必要はなく、対応した車両をいま作る必要はありません。E10系は耐寒性能なども含め、札幌乗り入れを考慮しない車両として製作されます。
札幌延伸用の車両は、E10系の次に開発される形式ということになり、1世代後ろ倒しになりました。
新幹線車両の寿命は、在来線に比べて短く、15年から20年程度です。札幌延伸開業が14年後となれば、現有車両の大半が更新時期を迎えていることになります。その点からも、札幌延伸に備えた車両の整備については、仕切り直しということでしょう。
在来線ダイヤにも影響
JR北海道の在来線車両の運用についても影響が出ます。
北海道新幹線が札幌まで延伸開業すれば、現在、特急「北斗」で使用している特急型車両が余剰になります。JR北海道では、これを他路線の特急に転用する方針を立てていました。そのため、新規の特急型車両製造を抑制してきました。
しかし、新幹線の札幌開業先送りにより、特急「北斗」は2039年春まで運行する方向となりました。そのため、他路線への転用も後ろ倒しになります。
その影響が具体的に生じているのが、石北線です。石北線では、2025年3月のダイヤ改正で、特急「大雪」が廃止となります。利用者が少ないことが廃止理由の一つですが、それだけでなく、特急型車両の不足も理由のひとつとみられています。
特急型車両を2039年春まで延命させるには、走行距離を抑えなければならず、石北線で特急の削減に追い込まれた、という構図です。つまり、今春のダイヤ改正で、北海道新幹線札幌延伸遅れの影響が、すでに顕在化しているともいえます。
また、函館線の函館~小樽間で使用している普通列車用の車両のうち、車齢の若いH100形については、北海道新幹線札幌開業後、並行在来線区間が廃止された場合に、他路線へ転用される見通しでした。しかし、その見通しも後ろ倒しになったため、他のローカル線の車両計画にも影響が生じるでしょう。
在来線車両は、製造すれば20年以上は使いますので、新幹線開業が8年後ろ倒しになっただけでは、おいそれとは車両を新造できません。いまある車両をどうやりくりして、8年間を保たせるか、難しい状況が続きます。
並行在来線廃止も14年後に
その並行在来線については、直接的に大きな影響が出ます。北海道新幹線が札幌まで開業した際に、並行在来線となる函館線では、函館~小樽間がJR北海道から切り離されます。
このうち、函館~新函館北斗間は第三セクター化して存続するものの、新函館北斗~長万部間は旅客営業を廃止して貨物線とし、長万部~小樽間は鉄道そのものを廃止する方針が固まっています。
新幹線開業が後ろ倒しになるなら、これらの区間の転換時期や廃止時期も後ろ倒しになります。函館~小樽間は、少なくとも14年間、いまの経営形態で鉄道が存続することになります。
バス運転士問題も先送りへ
並行在来線のバス転換については、バス運転士不足により、廃止後のバス転換が難しいという問題も抱えています。廃止が2039年春となれば、バス運転士の不足はさらに深刻になっているとみられ、バスの運行は、より難しくなりそうです。
ただ、逆に、それだけの期間、運転士を養成する時間ができた、と捉えることもできるかもしれません。
たとえば、政府は特定技能制度の対象にバス運転手を追加するなど、外国人バス運転士の導入を進めています。ニセコのある倶知安では、外国人居住者も増えていることから、外国人を活用して、運転士を増やせる可能性もありそうです。
転換協議は先送りか
一方で、人口減少も進み、公共交通の利用者減少が予測されています。北海道新幹線並行在来線対策協議会で示された予測では、北海道新幹線開業後に、函館線を存続させた場合、2040年度の輸送密度は、長万部~倶知安間が108、倶知安~余市が351、余市~小樽間が1,048となっています。
輸送しなければならない旅客が、区間によっては、かなり少なくなります。特に長万部~倶知安間では、バス路線の維持すら成り立たなくなりかねない水準に落ち込みます。いっぽうで、ニセコ周辺ではインバウンドで利用者が増える側面もあります。
人口減少と運転士不足、外国人旅行者と外国人運転士の増加など、さまざまな要因が絡み合い、14年後の沿線の交通需要を正確に見通すのは難しいといえます。そのため、転換バスの運転計画を、いま具体的に協議してもあまり意味はなさそうです。
道や沿線自治体は「運転士不足」という、不都合な真実に向き合うのを避けたがる傾向もあります。となると、バス転換の協議自体も先送りされそうです。
新幹線函館駅乗り入れに時間的余裕
北海道新幹線を、函館駅に乗り入れさせる構想もあります。大泉潤函館市長が掲げているものです。札幌延伸開業の遅れは、この構想にも影響するでしょう。
大泉潤函館市長は、北海道新幹線札幌開業と函館駅乗り入れの「同時開業」を目標に掲げています。
2030年度開業ならば、実現は困難とみられていましたが、2038年度開業となれば、時間は十分です。「同時開業」は、非現実的な目標時期ではなくなりました。
並行在来線の担い手が
ただ、だからといって順調に話が進むかと言えば、そうもいかないでしょう。
北海道新幹線の函館駅乗り入れは、採算性が大きな課題ですが、それだけでなく、事業スキームも問題になります。新幹線開業後の函館~新函館北斗間の在来線の運営を、どの会社が担うかが決まらなければ、新幹線の函館駅乗り入れ計画も進められません。
しかし、並行在来線の運営がどうなるか、決まったことはありません。とくに、今回は、新函館北斗~長万部間の貨物鉄道を誰が担い、費用分担をどうするのかという、難しい協議が絡んでいます。そのため、結論を出すのに時間がかかりそうです。
鉄道の運営会社が決まらないと、新幹線の函館駅乗り入れの事業スキームも固まらず、計画は動き出しません。北海道新幹線札幌延伸開業が後ろ倒しになったことで、並行在来線の扱いについての協議もスローダウンしている観もあります。
したがって、新幹線函館駅乗り入れ計画の動きも、見通せない状況が続きそうです。
まちづくりにも影響
沿線自治体のまちづくりにも影響します。とくに、並行在来線の廃止を前提にまちづくりを進めている倶知安町には大きな影響が出そうです。
また、札幌駅周辺の再開発も、大きく後ろ倒しになってしまいます。札幌駅南口のバスターミナルは、予定通り2030年度に開業する予定ですが、それ以外のビルでは遅れが出るかもしれません。
JR北海道の経営自立も後ろ倒し
そのほか、大きな影響が出るのはJR北海道の経営でしょう。
同社は、北海道新幹線の札幌延伸開業が実現する2031年度の経営自立を掲げていました。新幹線の札幌延伸開業なくして経営自立はできませんので、その時期も遅れることになります。経営自立は2039年度以降に後ろ倒しとなります。
すなわち、国のさらなる財政支援が必要になることを意味します。JRの経営自立が遅れるのであれば、道内のローカル線の扱いに関する協議にも、影響が出るかもしれません。
北陸新幹線に影響も
国の財政という点では、他の整備新幹線への影響も考えられます。札幌延伸工事が8年も伸びれば、時間だけでなく、必要とする予算も増えることが見込まれます。しかし、新幹線整備の財源は限られています。
整備新幹線の予算は、工事中の路線に優先的に配分されます。そのため、いまは、北海道新幹線に集中配分されています。
札幌延伸開業が2030年度に実現できていれば、北海道新幹線への整備予算投入が終わり、2031年度以降は、他路線に整備予算を潤沢に回せたはずでした。しかし、開業遅延により、それが見通せなくなりました。
具体的には、北陸新幹線の新大阪延伸工事には、影響が生じるでしょう。国が予算措置を講じて、影響を最小限にとどめるとは思いますが、使える予算に制約が生じるのは確かでしょう。
また、事業着手するかはわかりませんが、西九州新幹線の新鳥栖~武雄温泉間や、基本計画路線の四国新幹線や東九州新幹線の構想にも、影響がないとはいえません。
部分開業はできないのか
札幌までの開業が難しくとも、部分開業ができないのか、という声もあります。
新幹線のトンネル工事の進捗状況をみると、工事が難航しているのは、新函館北斗~新八雲間の渡島トンネルと、長万部~倶知安間の羊蹄トンネル、それと、新小樽~札幌間の札樽トンネルです。
比較的工事が順調なのは、新八雲~長万部間くらいです。そのため、部分開業ができるとすれば、新八雲~長万部間だけです。しかし、ここだけ開業しても仕方ないですし、車両基地の問題などもあり、現実に部分開業はできそうにありません。
とくに、渡島トンネルが最も工事が難航している様子だけに、路線の「根元」にあたる新函館北斗~新八雲間が最後までつながらないでしょう。そのため、部分開業は難しそうです。
青函トンネルの工期を超えて
札幌延伸工事の着工は、2012年8月でした。開業が2039年3月となれば、じつに26年半もかかることになります。
青函トンネルの工期が24年間でしたので、それを上回る期間です。それだけの難工事ということでしょう。
さらなる遅延の可能性もあり、そうなると、開業は2040年代にずれ込んでしまいます。現地で奮闘している工事関係者に敬意を表しつつ、できるだけ早い開業を願いたいところです。(鎌倉淳)