JR豊肥線、輸送力増強に「スーパー補助金」。熊本空港アクセス鉄道にも適用求める

交換設備改良に部分複線化も

JR豊肥線で、部分複線化や交換設備の改良などが検討されることになりました。熊本県では、国に新たな補助金の適用を求めています。

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首都圏並みの混雑率

JR豊肥線は熊本~大分間を結ぶ148kmの鉄道路線です。熊本市郊外を走る熊本~肥前大津間22.8kmは電化されており、利用者も多く、ラッシュ時の混雑率は121%(2023年度)と首都圏並みです。

しかし、全区間が単線で、交換設備のない駅もあることから、増発には限りがあります。肥後大津から熊本空港へ新線を建設する計画もあり、輸送力増強の必要性が高まっていました。

そこで、熊本県はJR九州に対し、部分複線化や交換設備の改良といった、輸送力増強について協議を開始したことを明らかにしました。あわせて、国に対して、新たな補助金の対象とすることを要望しています。

豊肥線815系

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地域産業インフラ交付金を求める

重要なのは、この新たな補助金です。熊本県が国に対して求めているのは、「地域産業構造転換インフラ整備推進交付金」(以下、地域産業インフラ交付金)の対象に鉄道整備を加えることです。

地域産業インフラ交付金は2023年度に創設されたもので、「半導体等の戦略分野に関する国家プロジェクトの生産拠点の整備に際し、必要となる関連インフラの整備を支援する」ことを目的としています。

地域産業インフラ交付金の対象は、現在4つしかありません。次世代半導体の生産に関する事業(北海道千歳市)、先端メモリ半導体(NAND)の生産に関する事業(岩手県北上市)、先端メモリ半導体(DRAM)の生産に関する事業(広島県東広島市)、先端ロジック半導体の生産に関する事業(熊本県菊池郡菊陽町)です。

交付が認められる要件は、国策的意義や、関連インフラを一体的かつ集中的に整備する緊急性・合理性、さらに地方創生への寄与です。これら4事業は、こうした要件を満たすと認められ、特別な交付金が支給されることになったのです。選ばれた都道府県では、民間事業者と連携し、インフラの整備計画を策定することで、交付金を受け取れます。

地域産業構造転換インフラ整備推進交付金
画像:内閣府地方創生推進事務局

 
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55%のスーパー補助金

地域産業インフラ交付金の特徴は、補助率が高いことです。一方で、用途は限られ、道路、下水道、工業用水の整備しか対象になりません。

補助率は工業用水が3/10、下水道が1/2、道路が5.5/10となっていて、道路整備の補助率は55%です。55%というのは、公共事業ではなかなかない、「スーパー補助金」といえます。

熊本県では、2024年に公表した『国の施策等に関する提案・要望』に「空港アクセス鉄道の整備」及び「JR豊肥本線の機能強化」を盛り込み、これらの事業を「国家戦略の実現に必要なインフラ整備として位置づけ、鉄道整備を地域産業構造転換インフラ整備推進交付金の対象とする」ことを求めました。

工業用水、下水道、道路だけでなく、鉄道にも交付してくれ、と要望したわけです。

実現した場合の補助率は定かではありませんが、道路に準じた場合、55%の国庫補助を受けて鉄道を整備できることになります。下水道に準じた場合でも50%です。在来線の整備事業としては異例ともいえる国家支援を受けられることになるのです。

熊本空港アクセス鉄道
画像:『国の施策等に関する提案・要望』(熊本県・2024年)

 
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5つの提案事業

熊本県が国に対する提案で示した対象事業の具体的な内容は、「車両増備」「交換設備・同時進入化」「新駅整備」「空港アクセス鉄道整備」「部分複線化」の5つです。このうち、車両増備、交換設備・同時進入化、新駅整備は短期(5年以内)の施策です。空港アクセス鉄道整備と部分複線化は中期(15年以内)が目標です。

地域産業構造転換インフラ整備推進交付金の検討対象
画像:『国の施策等に関する提案・要望』(熊本県・2024年)

順に説明していくと、車両増備は、いうまでもなく列車の増発や増便に不可欠な事業です。交換施設と同時進入化は、1面1線の東海学園前駅での交換設備整備や、衝突防止用の側線がないため上下線の同時進入ができない駅(原水駅、武蔵塚駅)の改良を指します。

新駅整備は、三里木~原水間に新駅を整備します。台湾のTSMCの新工場稼働に対応し、2027年春の開業を予定しています。

空港アクセス鉄道については、熊本県が事業化を明らかにしている新線で、2034年度の開業を目指しています。部分複線化は、空港アクセス鉄道が整備されることによる列車本数増に必要な事業ですが、具体的な整備区間は明らかではありません。

熊本空港アクセス線整備と豊肥線機能強化
画像:『国の施策等に関する提案・要望』(熊本県・2024年)

 
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空港アクセス鉄道の採算性問題

ここで注目せざるを得ないのは、熊本空港アクセス鉄道の採算性問題です。

熊本空港アクセス鉄道の事業費は約410億円。熊本県の調査結果によれば、費用便益比は1.0を上回り、収支採算性で40年以内の黒字転換が実現でき、いずれも国の基準をクリアできるとしています。

ただし、収支採算性の黒字転換は、国の補助率3分の1を前提としています。しかし、適用できる「空港アクセス鉄道等整備事業費補助」の補助率は18%です。

熊本空港アクセス鉄道資料
画像:第5回空港アクセス検討委員会資料(熊本県)

補助率18%では収支採算性の基準をクリアできない見通しであることから、熊本県では補助率の嵩上げを国に働きかけていました。しかし、いまのところ、空港アクセス鉄道等整備事業費補助の補助率が3分の1に増やされたという事実は確認できません。

一方、地域産業インフラ交付金の対象になれば、少なくとも3分の1か、それ以上の補助率が期待できます。そうなれば、収支採算性の問題を克服できます。

要するに、「既存のルール変更」を求めるよりも、別の「スーパー補助金」の適用を求める方が、話が早いわけです。そうした理由もあって、熊本県は、地域産業インフラ交付金の鉄道事業への適用を求めているのでしょう。

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快速運行を想定

ちなみに、熊本空港アクセス鉄道の収支採算性の試算では、熊本~熊本空港間において、日中時間帯に毎時1本の快速運行をするという前提で、基準となる40年以内の黒字転換が実現できるとしていました。

この前提で事業化を決定したため、空港アクセス鉄道開業時には、豊肥線で「空港快速」を運行する計画になるでしょう。したがって、豊肥線の交換機能強化や部分複線化は、快速運行を見据えた内容になるとみられます。

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対象になるのか

では、鉄道事業が、本当に地域産業インフラ交付金の対象になるのでしょうか。これについては、確証はありませんが、おそらく、ある程度、話がついているのでしょう。

今回、熊本県が要望をして国が受け入れるという手続きを踏み、熊本空港アクセス鉄道における採算性のハードルを超える形に見受けられます。

熊本空港アクセス鉄道ができるのであれば、豊肥線の機能強化は必要になるので、部分複線化は実現するでしょう。当面の混雑解消のための交換設備の改良も、迅速におこなわれそうです。

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地方鉄道整備は「国策」か

気になるのは、地方鉄道の整備に「国策」という旗印を用いることです。

地域産業インフラ交付金は、適用要件の筆頭に「国策的意義」を掲げるという特別な補助金です。豊肥線の機能強化が喫緊の課題であるのが事実だったとしても、地方鉄道の交換設備の増強を「国策」と呼ばれると、違和感も覚えます。これを国策と定義できるなら、国策的意義のある鉄道新線や設備改良計画など、他に多数出てきそうです。

見方を変えれば、この程度の投資を「国策」としなければ話が進まないほど、既存の鉄道整備の補助の適用条件が厳しすぎ、実情に合わなくなっていることを意味しているともいえます。(鎌倉淳)


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