だいぶ前の話ですが、筆者は「トワイライトエクスプレス」の個室を確保しようとJR渋谷駅の窓口に発売日の1か月前の発売時刻である午前10時に並びました。ちょうど午前10時になって窓口に申込用紙を差し出すと、「これは今日発売ですか。では、あちら(一番端の窓口)に行ってください」と案内されました。
その窓口には他に客はいませんでしたが、係員が何やら必死にマルス(指定券予約端末)をたたいています。筆者が申し込み用紙を差し出すと、「少し待ってくださいね。これが終わってから」との返事。結局、10分くらい経ってようやく筆者の申し込みを受け付けてもらいましたが、売り切れてしまっていました。
不思議に思って尋ねると、発売開始日の指定席券の受け付けは早朝から行っており、申込用紙を早く出した順に、午前10時にマルスに入力しているとのこと。そのため、午前10時には客は誰も行列しておらず、申込用紙だけが積まれているのです。
「10時打ち」と「事前受付」の仕組み
これを「10時打ち」というそうで、JRの主要駅では広く行われてきたサービスのようです。かつて、鉄道が陸の輸送の主役だった時代、午前10時の指定券発売開始時刻には窓口に大行列ができたものでした。しかし、行列が長くなると業務にも支障が出るので、こうした扱いをするようになったようです。そう聞くと納得もできるのですが、しかし、「10時発売」と言われてその時間に行っても、一般窓口では売ってくれない、というのは、釈然としませんでした。
この「10時打ち」、鉄道ファンにはよく知られたサービスで、「トワイライトエクスプレス」や「カシオペア」など、人気寝台列車の個室確保を狙うなら常識的な方法だそうです。しかし、たまにJRを使う程度の一般人で知っている人は多くはないでしょう。一般人にとっては、裏技的な「マル秘サービス」に見えるのではないか、と思います。
JRのサービス用語としては、これを「指定券の事前受付」というようです。JRの全ての駅で実施しているのではなく、主要駅に限られます。指定券の事前申込は、希望する列車の指定券の確保を約束してくれるものではありません。上記のように、順番に照会して、あれば確保してくれるだけです。つまり、「予約」の申込みであって、申し込んでも予約できて買えるかどうかはわかりません。
一方、主要駅以外では事前受付を行っておらず、発売日午前10時に行けばその場でマルスを叩いてくれます。本当の人気列車を狙うなら、そうした小さい駅に行って確実に10時にマルスを打ってもらったほうがいいようです。一方、お盆の新幹線程度なら、「事前受付」で十分でしょう。
「事前受付」は公正なサービスなのか?
ところで、JR東日本のホームページの「きっぷの発売日」を見ると、指定券の発売日について、「ご利用になる列車が、始発駅を発車する日の1カ月前(前月の同じ日)の10時から駅や旅行会社の窓口で一斉に発売します。」と書いてあるだけで、当日早朝から事前受付をしているとはどこにも書いていません。というより、10時になっても販売してくれない窓口があるのですから、「一斉に発売」は正しい表記ではありません。
事前受付の駅での受付開始時刻はよくわからず、「本当の受付開始」がいったいいつなのかは不透明です。事前受付の後に抽選をするのなら、本当の受付開始時刻はいつでもいいのですが、事前受付も先着順というシステムのようなので、本当の受付開始時刻を明示する必要もありそうです。ただ、実際に「先着順」になっているのかは、よくわかりません。「コネ」が優先されている可能性もあります。
事前受付で問題と思われるのは、同じ人が複数の駅に申込をして、人気列車の指定席券を複数確保することが可能な点です。一つの駅で希望列車が確保できた場合に、それ以外の駅の申し込みを取りに行かなければキャンセル料はかかりません。実際、そのように「取りに来ない」事前申込も少なくないようで、そうした指定席券は決まった時刻にマルスに戻されます。この「放流」時刻を知っている人は、その時間帯を狙って申込をしたりすることもあるようです。一方で、午前10時の発売時刻に並んだ人は、その指定券を取りそびれているわけです。
また、複数確保が可能な仕組みは、転売屋に存在余地を与えているともいえます。毎朝主要駅を渡り歩いて人気列車の申込みをすれば、転売価値のあるチケットを手に入れやすくなりますので、それが業として成り立ってしまいます。
ということで、事前受付制度は、公式ルールと実際の運用が異なっている仕組みですし、公正を担保する配慮にも乏しいといわざるをえません。したがって、事前受付制度は、公共交通の仕組みとしてはどうなのだろう、と思わなくもありません。実際、最近は事前受付を行う駅が急速に減っているようです。
しかし、午前10時に駅の窓口に並べない人は多いでしょうから、そういう方には便利なのは事実です。事前受付サービスが全体として悪いのではなく、周知方法と公正の担保に問題があるだけです。利用者としては、そういう仕組みになっているのですから、理解したうえで活用したいところですし、サービスの継続は望みたいところです。
電話・インターネットでは公式サービスに
「10時打ち」は、駅の独自判断のようですが、これを「事前申込」として公式サービスで行う場合もあります。たとえば、JR西日本では、「きっぷの事前申込」として、繁忙期に電話にて事前受付をしています。今年のお盆の場合は、8月8日~17日の列車予約に関して、6月27日~7月1日に専用電話で受け付けています。
また、インターネットのサービスとしては、JR東日本の「えきねっと」で、乗車日の1ヶ月前のさらに1週間前から「事前受付」ができます。同様のサービスは、JR西日本の「e5489」でも行っています。