ANA旅割の「キャンセル料が高すぎ」と弁護士が提訴。早期割引運賃は消費者契約法訴訟に耐えられるか

ANAの割引運賃「旅割75」で購入した航空券のキャンセル料が高すぎて無効だとする訴訟が起こされました。佐賀市の富永洋一弁護士が、全日本空輸(ANA)に対し、取消手数料の全額8,190円の返還を求める訴訟を佐賀地裁に起こしたのです。提訴は6月12日付です。

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初の「早期割引訴訟」か

訴状によりますと、富永弁護士は2014年4月17日、羽田発佐賀行きの航空券を「旅割75」(割引運賃13,290円)で購入しました。その後、日程変更の必要が生じたため、搭乗62日前の5月30日にキャンセルしたところ、8,190円の取り消し手数料がかかったということです。

ANAの旅客運送契約では、「旅割75」は、搭乗74日前以降のキャンセルで運賃の約63%相当額の取消手数料がかかると定められています。富永弁護士は、消費者契約法を根拠に、「少なくとも60日も前であれば代わりの乗客を確保することができ、ANAに損害は生じない」と主張しています。航空会社の「早期割引」のキャンセル料に対しての訴訟は、おそらく今回が初めてでしょう。

ANA

納得して購入したら仕方ないのか?

この訴訟について、意見は2つに割れるとみられます。「契約内容に納得してチケットを購入したのだから仕方がない」という考え方と、「63%はいくらなんでも高すぎ」という考え方です。

まず、前者の考え方に立ってみましょう。そもそも、羽田・佐賀間の当時の片道普通運賃は4万3,890円であり、旅割75では約70%のもの大幅割引になっています。それだけの割引運賃で乗せてもらうのですから、キャンセル料が高くても仕方がない、という意見です。普通運賃と比較すれば、8,190円は20%程度の金額にすぎず、キャンセル料としては高額とはいえない、という指摘もあるでしょう。

また、ANAのウェブサイトで旅割系のチケットを購入する際には、取消手数料が高額であることがきちんと表示されます。利用者はそれを認識したうえで購入しているのだから、ANAに落ち度はない、いう意見もありそうです。

一方、「そもそも63%もの手数料率は絶対的に高すぎる」という考え方に立ってみましょう。「60日前にキャンセルしても、その席は再販売される。ANAに実質的な被害は生じないのだから、取消手数料は妥当な金額とはいえない」という意見です。富永弁護士はこの立場です。

また、「普通運賃と比べて20%」という指摘に対しては、「そもそも普通運賃を支払っている客がどれだけいるのか」という反論にあいそうです。ANAの全路線平均客単価は15,200円にすぎません。羽田・佐賀線の平均客単価がいくらなのかはわかりませんが、仮に1万8000円程度とすれば、平均的な単価に比べて45%程度のキャンセル料を課していることになります。

結婚式場予約取消訴訟と比べてみる

裁判はまだ始まったばかりであり、どういう判決になるのかはわかりません。簡単に争点をまとめてみましょう。

まず、「条件に納得して契約したのなら仕方がない」という指摘は、契約内容が妥当でなければ、対消費者では通用しません。つまり、争われるのは、63%という取消料が妥当か、という点になるとみられます。

富永弁護士が「ANAの取消手数料は無効」と訴えている根拠は消費者契約法9条です。この法律では、「平均的な損害額」を超えると違約金(取消手数料)は無効になると定められています。問題は、この「平均的」が何を意味するのかを判断するのが難しいということです。

似た裁判の判例としては、2005年の結婚式場予約取消訴訟があります。これは、結婚式場の予約を挙式の1年以上前に行い、その数日後に予約を取り消した場合について、予約金の返還を認めない結婚式場を、予約者が訴えたものです〔東京地方裁判所 平成 17 年(レ)第 37 号 不当利得返還請求事件〕。結論を書くと、控訴審で原告が勝訴し、被告の結婚式場は上告したものの取り下げ、判決は確定しています。

判決理由をおおざっぱに書くと、この結婚式場では1年以上前に予約をするのは全体の2割にすぎず、1 年以上先の日に挙式が行われることによって利益が見込まれることは、確率としては相当少ない。そのうえで、挙式が行われたならば得られたであろう利益を、「平均的な利益」として想定することはできない、というものです。これを今回のANA「旅割75」にあてはめると、どうなるのでしょうか。

平均的な利益を証明する義務は、事業者側にあります。つまり、ANAは60日前に予約が取り消された場合の平均的な損害額が販売額の63%以上であることを証明しなければなりません。これは、可能なのでしょうか。

少額訴訟ではなく通常訴訟に

あるいは、ANAは、別の法律を用いて、有効性を主張するかもしれません。ANAとしても、この程度の訴訟は想定しているでしょうから、準備万端で法廷戦術を整えている最中ということもありそうです。

ところで、8,190円という請求額は、少額訴訟の範囲内です。しかし、原告側は、弁護士会の消費者委員会のメンバーら12人が訴訟代理人として名を連ねています。また、佐賀地裁は3人の裁判官での合議とすることを決めていて、少額訴訟ではなく通常訴訟として扱うようです。つまり、金額は小さいですが、本格的な消費者訴訟の様相を呈しています。ANAとしては真剣に向き合わねばならない裁判になりそうです。

旅行会社のツアーと比べて高すぎる

訴訟の争点になるかはわかりませんが、標準旅行業約款で定められた手数料率との乖離も問題になるかもしれません。標準旅行業約款とは、旅行会社の標準約款ですが、国内旅行ツアーの取消手数料が発生するのは、旅行開始日の前日から起算して20日目に当たる日以降とされています。つまり、旅行会社で国内ツアーを21日前にキャンセルした場合、キャンセル料はかかりません。

飛行機とホテルがセットになった格安ツアーなら21日前までならキャンセル無料なのに、飛行機だけの格安チケットを予約すると、74日前で60%以上のキャンセル料がかかるわけです。この差異に、合理的理由を見つけるのは難しいという指摘もあります。

標準旅行業約款の規定は消費者保護の観点で定められています。ならば、航空機チケットにも同じ基準での消費者保護が必要、という見方も成り立ちます。同じ基準に則れば、21日前以前の航空券キャンセルに取消料を課してはならない、ということになってしまいます。

LCCのキャンセル料100%は許されるか?

75日前を購入期限としている運賃を設定している大手航空会社は、国内線ではANAだけです。しかし、早期購入型割引運賃じたいは、国内の多くの航空会社が導入しています。究極と言えるのがLCCで、運賃クラスによっては取消手数料を時期を問わず100%にしています。これも消費者契約法訴訟に耐えられるのでしょうか。LCCはキャンセル手続き自体を受け付けず、キャンセル座席の再販売をしていない場合もありますので、裁判となると話はさらにややこしくなりそうです。

航空会社の早期割引運賃は、ある程度のキャンセルが発生して、そのキャンセル料が収入になることを前提として価格設定されています。したがって、キャンセル料が無効とされてしまうと、現在のような格安運賃が消えてしまう可能性もあります。それが消費者の利益に叶うかは微妙です。そういう視点でみると、ANAには同情的な声も集まりそうです。

一方で、「航空会社の割引運賃のキャンセル料は高すぎる」という指摘は、ずいぶん前からありました。しかし、一回あたりの金額が、訴えるには少額すぎることもあり、消費者訴訟に発展してこなかった、という側面があります。それが、いよいよ法廷で扱われることになったわけです。

その意味でも、今回の裁判の持つ意味は大きく、興味深いものになりそうです。

 Q&Aケースでわかる市民のための消費者契約法

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