熊本空港アクセス鉄道計画について、新しい調査報告書が公表されました。内容をみていきましょう。
三里木~熊本空港間に建設
熊本空港アクセス鉄道は、JR豊肥線三里木駅~熊本空港(阿蘇くまもと空港)を結ぶ鉄道新線計画です。2023年春完成予定の熊本空港新ターミナルビルの建設を前に、熊本県が実現に向け調査を進めてきました。
2018年度の調査では、鉄道延伸が事業費330億~380億円と見積もられ、モノレール新設(2,500億~2,600億円)、熊本市電延伸(210億~230億円)に比べて、空港アクセス改善に効果的とされました。蒲島郁夫・熊本県知事は、2018年12月の県議会本会議で鉄道建設を進めることを表明し、2019年2月にJR九州と基本合意しました。
2018年度の調査では、鉄道で整備する場合、豊肥線三里木駅を起点としたルートの整備効果が高いと結論を出しています。運転免許センターや県民総合運動公園の近くを通るので、中間駅の需要を見込めることなどが理由です。
これを受け、熊本県は、2019年度に、鉄道に絞ったより詳細な調査を鉄道・運輸機構に委託し、その報告書の概要をこのほど発表しました。その内容を以下で見ていきます。
三里木駅は2面3線
2019年度調査では、起点駅は三里木駅とし、県民総合運動公園付近に中間駅を設け、終点である阿蘇くまもと空港駅へ向かうルートを複数案検討しました。列車編成は通常2両、最大4両編成とし、最高運転速度は95km/h、単線による整備です。
起点となる三里木駅は地上駅で、2面3線のホームとします。既存の島式ホームの南側にもう1ホームを加え、空港アクセス線は両ホームに挟まれた線路に発着します。上下線との接続をしやすい合理的な配線です。
中間駅は高架駅で、対向式の2面2線、終点の空港駅も高架駅で、1面2線の頭端式ホームをイメージしています。
毎時平均2.5本
路線内の所要時間はルートにより片道9~10分。熊本駅~熊本空港間は39分~40分です。
運行本数は豊肥線の現状ダイヤとの接続に基づいて検討した結果、1日最大49本で、5時台~24時台まで、毎時平均2.5本となります。現状の豊肥線が日中は約20~40分間隔なので、それにあわせた運転本数と考えているようです。
ルート案
具体的なルート案を見てみましょう。三里木駅の近くには国道57号線沿いに密集市街地があり、県民総合運動公園付近には工業団地、空港付近には物流施設やダム、自衛隊分屯地などがあります。鉄道ルートを検討する場合、こうした「コントロールポイント」をどう越えていくかが焦点となります。
その結果、A1、A2、B、Cの4つのルート案が検討されました。下図の通りです。
A1ルートは2018年度調査のルートで、三里木駅から緩やかに分岐し、国道57号線沿いの密集市街地を高架で越えていきます。同じルートで密集市街地を地下でくぐるのがA2ルートです。
Bルートは、三里木駅からやや急カーブで分岐し、密集市街地を地下でくぐるルートです。Cルートは、空港付近の施設への影響を小さくするために迂回しています。
距離がもっとも短いのはBルートで約9.0km。A1、A2は約9.3km、Cルートは約10.7kmです。熊本駅~熊本空港間の所要時間は、A1、A2、Bが39分で、Cが40分です。
事業費437億~561億円
概算事業費はA1が437億円、A2が493億円、Bが459億円、Cが561億円です。三里木付近で地下区間のないA1ルートが最も安く、次に距離が短いBルートです。
建設する場合、用地取得から開業まで6年を見通しています。工事着工までには、基本計画の策定、環境アセスメント、鉄道事業許可、工事施工認可などの手続きが必要となります。この調査は2029年度の開業で試算していますが、実際に事業化する場合、順調にいっても開業は2030年以降とみられます。
1日7500人見込む
需要予測については、駅位置が4案とも同じ想定で、所要時間も大差ないため、Bルートに絞り試算しています。前提条件として、航空旅客需要について、熊本空港会社が掲げる「2051年度に622万人まで増加」するという想定を用いています。ちなみに、2019年度の同空港乗降客数は346万人ですので、約30年で1.8倍に増えるという想定です。
また、空港駅利用者は、空港関係者のほか、周辺住民や空港近くに移転予定の東海大学農学部キャンパス通学者も含み、中間駅利用者は、県民総合運動公園や運転免許センターのほか、周辺住民の利用者も含むと考えます。
こうした前提条件で、熊本空港アクセス鉄道の需要予測は、2029年度開業の場合、航空旅客などが1日3,500人、一般利用者が4,000人の計7,500人と見積もりました。駅ごとの利用者は、空港駅利用者が1日4,800人、中間駅利用者が2,700人です。ちなみに、豊肥線の熊本~肥後大津間の平均通過人員は、2018年度で1日11,265人です。
航空旅客の鉄道利用者が1日3,500人ということは、年間で127万人の熊本空港の航空旅客が、熊本空港アクセス鉄道を利用するという計算です。空港の現状の乗降客数346万人にあてはめると、36%が鉄道を利用しないと達成できない数字です。
採算性
つづいて、事業の採算性についてみてみます。調査では、運賃を三里木~空港間420円と想定して収入の計算をしています。熊本~三里木間が380円ですので、熊本~空港間が800円です。三里木~中間駅間は220円、中間駅~空港間は300円です。このほか、空港アクセス鉄道の開業後、JR九州の既存路線で生じる増益額の一部を総事業費の3分の1を上限に計上します。
建設時の資金計画は、現行の「空港アクセス鉄道等整備事業費補助」(国18%、県18%)と「エコレールラインプロジェクト補助」(車両費、国1/3)の補助金制度を利用します(ケース1)。この場合の事業採算性は、単年度資金収支の黒字転換年が32年、累積資金収支の黒字転換はしないと見積もられました。
鉄道事業の採択基準は、「累積資金収支が開業40年以内に黒字化」ですので、現行補助金制度を用いた場合は、採算性の基準を満たさないことになります。
この試算とは別に、総事業費の3分の1の国補助が実現した場合、県も同等の3分の1を補助をするとして(ケース2)、単年度資金収支と累積資金収支の黒字転換年が、ともに2年となりました。この場合は、採算性の基準を満たします。
国と県が3分の1ずつ負担するというスキームは公共事業ではよくありますし、鉄道事業では「都市鉄道利便増進事業費補助」や「地下高速鉄道整備事業費補助」が国3分の1の補助率です。しかし熊本空港アクセス鉄道には適用できません。
費用便益比
次に、費用便益分析を見てみます。費用便益分析とは、鉄道整備によって発生する便益を計算して分析し、事業の社会的意義や効率性を確認するためのものです。いわゆる「費用対効果」と考えていいでしょう。鉄道事業の許可要件とはされていませんが、政策評価法において、事業の予算化の判断に使われる重要な評価指標です。
「便益」には、所要時間の短縮効果、交通費用の減少効果、CO₂等排出削減効果、道路混雑の緩和効果などが含まれます。事業着手には、費用便益比1.0以上が必要とされます。
2018年度調査では、費用便益比は1.5と計算されましたので、基準を満たします。ところが、今回の調査では、費用便益比が明らかにされませんでした。報告書では、理由として空港アクセス鉄道の特殊性を挙げています。
いわく、空港アクセス鉄道の重要な便益である「定時性の確保」が計測できないこと。そして、現行の需要予測モデルに基づく予測結果では、時間的、費用的に有利な自動車利用者が、不利な鉄道利用へ転換するという、経済合理性を欠く結果が含まれるため妥当性を欠くこと、などを挙げています。「定時性」をきちんと評価しないと、利用者便益がマイナスになる可能性があるというのです。
空港アクセス鉄道では、他の鉄道路線より定時性が重視されます。そのため、たとえバスやクルマのほうが早く安くても、定時性を重視して鉄道を利用する人は大勢いるはずです。にもかかわらず、それを「便益」に算入できない、という主張のようです。
このため、報告書では、「鉄道が他の交通手段よりも定時性(時間信頼性)に優れた交通手段である点を評価する手法」や「客観的に適当と認められる便益計測の手法や計測項目等の検討による費用便益分析の精度向上」が必要としています。
行間からにじみ出るのは、分母である事業費がふくれあがってしまったために、現行手法で予測した場合に、費用便益比の数字が悪くなってしまった、ということです。筆者の推測ですが、1.0に及ばない結果だったため、現時点での数字の公表を控えたのではないでしょうか。
いったん立ち止まる
ここまで報告書を読み解いてうかがえるのは、距離が短く土地買収が少ないBルートが最有力候補となるものの、概算事業費459億円は、2018年調査の380億円を2割も上回っており、現行ルールでは採算性も費用対効果も基準を満たせない、ということでしょう。
さらには、最近の新型コロナウイルスの感染拡大があります。熊本空港の利用者を押し上げてきたインバウンドがしぼんだため、今後の空港利用者数がどの程度になるのか、不透明になってしまいました。もともと、2051年度の622万人という目標も実現可能性としては怪しかったのですが、コロナ禍が加わって、まったく先が見えなくなってしまったわけです。
こうした状況を受けて、蒲島郁夫知事は、6月12日に「いったん立ち止まり、さらに議論を深める」と述べ、事業化について再検討する考えを表明しました。2020年度の調査では、バス高速輸送システム(BRT)案も含めて比較検討し、事業を継続するかも含めて議論していくということです。
2つのハードル
まとめると、熊本空港アクセス鉄道が実現するためには、2つのハードルがあるようです。
まずは費用便益比の問題。これを1.0以上にしなければ実現は困難で、そのためには分母の費用を節減する方法を考えたうえで、分子の便益をどれだけ上積みできるかが問われます。
報告書では便益について、「定時性を計測できる需要予測モデルの改善」「県民総合運動公園で開催されるイベント参加者の交通手段などを調査し需要予測モデルに反映させる」「車の走行経費を、地域の実情に即した単位に設定」することなどを求めています。これらを積み上げて1.0以上の費用便益比にすることができるかが大きなポイントです。
次に、補助金の問題。現行の空港アクセス鉄道を対象にした補助金では、採算性の基準をクリアできません。クリアするには、国の補助率を3分の1以上にしなければなりませんが、これは国の制度を変えるという政治的に大きなエネルギーを必要とします。そもそも、国の制度変更は実現しない可能性が小さくありません。
費用便益比、収支採算性の両面で国の基準を満たさず、「定時性を計測できる需要予測モデル」や「補助金の上積み」といった、現行制度にはない新たなルールを求めているわけです。「いまの基準では駄目なので、新しい基準を作って」と訴えているようにも感じられます。
本当に7500人も使うのか
制度上は上記の2つが大きなハードルになりそうですが、それ以前の前提条件として、空港利用者数予測の精査も必要に感じられます。「2051年度に622万人」という利用者数の目標を前提にしてしまっていいのか、という疑問です。近年のインバウンドの隆盛が続くのであれば不可能な目標とまではいえないものの、コロナ禍が収まると考えたとしても、現実感に乏しい印象がぬぐえません。
空港利用者数は、アクセス鉄道利用者数に直結します。三里木~熊本空港間の利用者数が本当に1日7,500人にも達するのでしょうか。前述したようにJR豊肥線の熊本~肥後大津間の平均通過人員が現状で1日11,265人ですので、仮にこれだけの利用者がそのまま豊肥線に乗り入れるという前提に立つなら、JR側も対策を迫られそうですが、JR九州はそれに付き合うのでしょうか。
また、JR九州の拠出金をアテにすることにも不安がよぎります。想定通りの利用者がなかった場合、JRの拠出金は「上限」の建設費の3分の1に遠く及ばない金額にとどまるわけですが、そうなった場合、鉄道が営業赤字のうえに、拠出金が入らないという、ダブルパンチが熊本県を襲います。利用者数を手堅く見積もっているなら問題ないでしょうが、そう思えないのは上述した通りです。
正直なところ、この報告書を見る限り、実現へのハードルは相当に高いと感じざるを得ません。蒲島知事の発言から勢いが失われたのも、実現性の厳しさゆえでしょう。(鎌倉淳)