九州新幹線長崎ルート「全線フル規格」への道筋はあるか。JR九州がフリーゲージトレインの導入断念で

JR九州の青柳俊彦社長は、2022年度開業予定の九州新幹線長崎ルートに、フリーゲージトレイン(FGT、軌間可変列車)の導入はできないという意向を正式に表明しました。これにより、九州新幹線長崎ルートの整備計画は根本から覆ることになります。青柳社長は全線フル規格での整備を求めましたが、その道筋は付くのでしょうか。

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年間50億円のコスト増

JR九州の青柳社長は、2017年7月25日に開かれた与党の整備新幹線推進プロジェクトチーム(与党PT)の会合で、九州新幹線長崎ルート(長崎新幹線)にFGTを導入する件について、「収支採算性が成り立たない」として、導入を正式に拒否しました。

フリーゲージトレインは、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が開発主体となり、九州新幹線長崎ルートへの導入を目指していました。各紙報道によりますと、JR九州は、機構が示すFGT車両の製造コストと保守点検コストをもとに、FGTを導入した際の九州新幹線長崎ルートの収支を計算。車両コストだけでも、一般の新幹線と比較して年間50億円程度の増額になるとし、採算面で成り立たないとしました。

また、青柳社長は、FGTの安全性もまだ確立できていないとし、「安全性、経済性の両面から今回の結論に至った」旨を記者団に語りました。さらに、「自信を持って答えられる方式」として、与党PTに対してフル規格での長崎ルート整備を検討するよう求めたことも明らかにしました。

フリーゲージトレイン

耐久性も満たさず

FGTについては、国土交通省の技術評価委員会で、2016年12月~2017年3月に実施された検証走行試験の結果が7月14日に報告されています。その報告では、一部の車軸に摩耗が見つかり、一般の新幹線車両に求められる耐久性を満たしていないことが明らかになっています。また、FGTが一般の新幹線に比べて1.9~2.3倍のコストがかかるとの試算も示されていました。

JR九州がFGTの導入を断念する方針であることは、6月までに報じられていましたし、国土交通省の試験結果も明らかになっていたため、今回の青柳社長の「FGT断念」の正式表明に驚きはありません。ただ、青柳社長が「フル規格を求める」姿勢を鮮明にした点は注目に値するでしょう。

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リレー方式で暫定開業

九州新幹線長崎ルートは、2022年度に、対面するホームで在来線特急から新幹線に乗り換える「リレー方式」で暫定開業することが決まっています。これまでは、FGTによる直通運転で本開業とする予定でしたが、FGTをJR九州が拒否したいま、それは不可能になりました。

それに変わる方式としては、全線狭軌で運転する「スーパー特急方式」や、新鳥栖-武雄温泉間の在来線を改軌または三線化する「ミニ新幹線方式」、そして青柳社長が求める「フル規格方式」があります。

「スーパー特急方式」は時短効果に乏しく、「ミニ新幹線」は貨物列車や他の在来線列車への影響が大きく困難です。時短効果や、JR九州にとって採算性が高いのが「フル規格方式」であるのは明らかで、青柳社長がフル規格を求める姿勢を明確にした点は、同社としては当然のことでしょう。

佐賀県の姿勢は変化するか

フル規格に反対しているのは佐賀県です。現在の整備新幹線建設スキームでは、フル規格新幹線を建設した場合、佐賀県は約800億円の財政負担を求められ、それを理由に同県は武雄温泉以東の建設を拒否しています。

産経新聞2017年6月30日付によりますと、6月29日の佐賀県議会で、同県地域交流部長が「全線フル規格化した場合、新たな財政負担800億円を、県は抱えきれない。フル規格について議論できる環境にはない」と答弁し、同県の姿勢を改めて示しました。

ただ、その一方で、「県の財政負担を考慮せずに機能面だけでいえば、FGTよりも全線フル規格の方が効果が大きいと認識している」とも答えています。財政負担を別にすれば協力する姿勢を垣間見せたともいえます。

要するに佐賀県の反対理由は財政論だけですから、財政負担を軽減するスキームを作れれば、姿勢は変化するでしょう。仮定の話ですが、半額程度を軽減し、佐賀県の負担を400億円程度にまで圧縮したうえで、並行在来線の移管をしないとすれば、佐賀県にとっては悪くない話になりそうです。

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負担割合は政令で決まっている

ただ、問題はそうした圧縮が可能か、という点でしょう。整備新幹線の建設費用負担は、全国新幹線鉄道整備法第十三条によって「政令で定めるところにより、国及び当該新幹線鉄道の存する都道府県が負担する」と決められています。

その政令として全国新幹線鉄道整備法施行令(施行令)があり、第八条に「国にあつては三分の二を、都道府県にあつては三分の一を、それぞれ乗じて得た額」と明記されています。つまり、国と県の負担割合を変えるには、施行令の改正が必要になります。

施行令を改正するなら、佐賀県のためだけ、というわけにはいきません。受益の小さい都道府県が新幹線建設の財政負担に抵抗するという歴史はこれまでにもありましたし、政令である施行令改正なら、今後の新幹線建設において、すべての都道府県に適用できる内容にする必要があります。

北陸新幹線の費用負担にも関わる

ここで議論に浮上しそうなのが、北陸新幹線敦賀以西の「小浜・京都ルート」です。総事業費2兆円超の高額新幹線の建設費負担は、まだ曖昧です。

現在の整備新幹線建設スキームをそのままあてはめると、京都府や大阪府は、北陸新幹線小浜・京都ルートで、巨額の建設費負担を求められます。その費用負担が受益に比して大きすぎる、という声は、すでに一部の地元政治家から上がっています。

となると、佐賀県の負担を軽くする措置を講ずるなら、京都府や大阪府の負担軽減も求める政治力学が働く可能性が高そうです。

簡単な話ではないが

現在の建設スキームでは、建設費を負担する地方公共団体に対して、負担の90%に地方債の発行が認められ、その元利償還金の50%が地方交付税で措置されます。結果として「3分の1」とされる負担は、実質的に全体額の約18.3%にまで減額されています。

この点に着目すれば、施行令改正をせず、地方交付税措置を厚くするなどの方策も検討されるかもしれません。しかし、これはこれで容易ではなさそうですし、どんな措置をとったとしても、佐賀県に対する負担軽減策が実施されれば、他府県に対する前例になってしまいます。

筆者の感想として、佐賀県の数百億円なら、国や長崎県、JRが分担しても、何とかなるとは思います。しかし、北陸新幹線敦賀以西の建設費は総額で2兆円規模で、ふた桁違います。負担軽減措置が佐賀県にとどまらず、京都府や大阪府にも関わる議論に広がると、簡単な話ではなくなるでしょう。

そう考えると、安易に「佐賀県の費用を減らす」とはいきません。とはいえ、九州新幹線長崎ルートの全線フル規格化は、JR九州が旗幟を鮮明にしたことで、止められない流れになりつつあるようにみえます。政府・与党が、この難題にどう道筋をつけるのか、注目したいところです。(鎌倉淳)

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