西九州新幹線

新鳥栖~武雄温泉

西九州新幹線は、福岡市と長崎市を結ぶ整備新幹線です。博多~新鳥栖間は九州新幹線として開業済みで、武雄温泉~長崎間も2022年9月23日に開業しました。残る未開業区間は新鳥栖~武雄温泉間ですが、着工に向けた準備は進んでいません。

なお、西九州新幹線は、かつては「長崎新幹線」や「九州新幹線長崎ルート」「九州新幹線西九州ルート」などと呼ばれたこともありますが、現在は「西九州新幹線」の名称が定着しています。当記事でも「西九州新幹線」で統一します。

西九州新幹線新鳥栖~武雄温泉間の概要

西九州新幹線は、博多~新鳥栖間26.3km(営業キロ28.6km)と武雄温泉~長崎間66.0kmが開業済みで、新鳥栖~武雄温泉間が未着工です。

武雄温泉駅は、新幹線と在来線特急が対面で乗り換えられるホームが整備され、同じホームで乗り換えが可能です。この設備を利用して、武雄温泉で新幹線と在来線を乗り継ぐ「リレー方式」により、博多~長崎間を結んでいます。

本来は、フリーゲージトレイン(軌間可変電車)を投入して、博多~新鳥栖~武雄温泉~長崎を直通運転する計画でした。しかし、フリーゲージトレインの開発が頓挫して、リレー方式に変更されました。

西九州新幹線マップ
画像:長崎県ウェブサイトより


 

新鳥栖~武雄温泉間の整備計画は示されていません。国と長崎県は、標準軌複線の「フル規格新幹線」の導入に前向きです。フル規格新幹線の場合、新鳥栖~武雄温泉間に高速新線を建設し、途中駅として佐賀駅を設けるのが基本的な構想です。江北に駅を設ける案もあります。

2021年度の国交省の調査によりますと、フル規格で佐賀駅を通るルートを建設する場合、博多~佐賀間が20分(現行35分)、新大阪~佐賀間が2時間44分(現行3時間13分)、博多~長崎間が51分(現行1時間20分)、新大阪~長崎間が3時間15分(現行3時間58分)で結ばれるとしています。

ただし、地元の佐賀県はフル規格新幹線の導入に消極的です。導入によるメリットが小さく、費用負担が重いためです。整備新幹線は地元自治体の合意と費用負担が前提のため、佐賀県が消極的である以上、フル規格新幹線建設の見通しは立っていません。

フル規格新幹線以外では、国交省が2018年にミニ新幹線の試算を明らかにしています。「単線並列」、「複線三線軌」の2つのパターンを検討しましたが、工期が長いほか、整備後のダイヤに影響が生じるといった課題があります。複数軌間を併用してのミニ新幹線にはメンテナンスの課題があり、JR九州が消極的です。

そうした事情もあり、ミニ新幹線案は採用されず、現在はフル規格新幹線に絞って議論がおこなわれています。

概算事業費と費用便益比

2021年度の国交省の調査によりますと、佐賀駅を経由するフル規格新幹線を整備する場合の概算事業費は約6,200億円。想定工期は12年、費用便益比は3.1、収支改善効果は年86億円と試算されました。

上記の調査では、佐賀市北部を経由するルート、佐賀空港を経由するルートも記されています。その場合の評価は下表の通りです。いずれも途中駅は一駅の想定ですが、決定したことではありません。

西九州新幹線試算
画像:九州新幹線西九州ルートに関する「幅広い協議」資料(国交省)

西九州新幹線ルート
画像:九州新幹線西九州ルートに関する「幅広い協議」資料(国交省)

さかのぼる2018年の国交省の調査では、フル規格で新鳥栖~佐賀~武雄温泉を作った場合、事業費は約5,300億円、工期は約12年と見積もられていました。ミニ新幹線では単線並列が約500億円で約10年の工期、複線三線軌の場合は約1,400億円の約14年です。

費用便益比はフル規格が3.3、単線並列が3.1、複線三線軌が2.6となっていました。

西九州新幹線資料
画像:「九州新幹線(西九州ルート)の整備のあり方について (比較検討結果」(2018年3月)より


 

並行在来線

整備新幹線は、開業後、並行在来線がJRから切り離されるルールです。しかし、西九州新幹線の新鳥栖~武雄温泉間の並行在来線がどこになるかは、いまのところ明らかにされていません。

佐賀県の強硬姿勢をみて、JR九州は、並行在来線の移管をしないことも検討しているようです。九州新幹線が開業した際に、鹿児島線博多~八代間は移管されていませんので、同様の扱いになる可能性が高そうです。

ただ、現時点では並行在来線の議論には至っておらず、扱いは不透明です。

西九州新幹線の沿革

短絡ルートの決定まで

1970年に全国新幹線鉄道整備法が制定され、1972年に九州新幹線長崎ルートとして福岡市~長崎市間の基本計画が公示されました。1973年には九州新幹線長崎ルートを含む、整備新幹線5路線の決定と建設の指示がなされました。

しかし、オイルショックや国鉄の経営悪化の影響を受けて着工は見合わせとなり、1982年9月24日に、九州新幹線を含む整備新幹線全線の着工凍結が閣議決定されました。ただ、計画の検討は進められ、1985年1月に、九州新幹線長崎ルートの経路について、国鉄が早岐経由とすることを公表しました。

1987年1月30日の閣議決定で整備新幹線の着工凍結が解除されましたが、JR九州が長崎ルートについて「早岐経由では収支改善効果は現れない」と意見を表明(1987年12月)して停滞します。運輸省が1988年8月に示した暫定整備計画案でも、九州新幹線長崎ルートの着工は盛り込まれませんでした。

こうした事態を受け、早岐経由とされていた当初ルート案の見直しが行われ、嬉野経由に変更して距離を短縮し、建設費の圧縮を図る案(短絡ルート)が浮上。1992年にJR九州が武雄市から諌早市・大村市を経由して長崎市に至る短絡ルートについて、スーパー特急方式の収支試算結果を公表します。

その後、地元自治体などで構成する九州新幹線長崎ルート建設促進連絡協議会も、短絡ルートによるスーパー特急方式を地元案として合意しました。この時点で、武雄温泉、新大村を経由する現ルートの骨格が固まったわけです。

スーパー特急方式での着工

スーパー特急方式というのは、在来線特急(狭軌)が高速新線に乗り入れる形を指します。フル規格ではなく、在来線の高速化で整備する方針となったわけです。

1998年2月に、日本鉄道建設公団が武雄温泉~新大村(仮称)間の駅・ルートを公表。10月には環境影響評価に着手し、この区間のスーパー特急方式での建設に向け準備が進みます。

2000年12月の政府与党申し合わせを受けて、2001年12月に同区間の暫定整備計画が決定され、2002年1月8日には、鉄建公団が武雄温泉~長崎間の工事実施計画をスーパー特急方式で認可申請しました。

2004年12月の政府与党申し合わせでは、武雄温泉~諫早間をスーパー特急方式で着工し、その際にフリーゲージトレインによる整備を目指すことが取り決められました。

しかし、並行在来線となる長崎線肥前山口~諫早間の沿線自治体が在来線の経営分離に強硬に反対し、整備新幹線着工の条件の一つである「並行在来線の経営分離への沿線自治体の合意」が達成されず、着工は先送りとなります。

事態打開のため、JR九州が譲歩し、2007年12月に、JR九州と佐賀、長崎両県は、肥前山口~諫早間の全区間をJR九州が継続して運行することで合意。新幹線開業後の同区間の赤字は、JR九州と両県が20年間負担することになりました。

それでも鹿島市は反対を続けましたが、並行在来線の経営分離が行われないことにより「沿線自治体の合意」が不要になったとして、2008年3月に、武雄温泉~諫早間の工事実施計画が認可され、4月28日に着工しました。

フル規格で長崎までの建設に

この時点では、建設区間は「諫早まで」でした。しかし、長崎までの整備を求める声は根強く、2008年12月16日に、長崎駅部を2009年末までに認可する方向で政府・与党が合意。しかし、2009年の政権交代で未着工の整備新幹線についてが、いったん白紙に戻ってしまいます。

民主党政権での議論の後、2011年12月に「整備新幹線の整備に関する基本方針」が決定され、武雄温泉~諫早~長崎間が「一体的な事業」として整備されることになりました。佐世保線肥前山口~武雄温泉間を複線化し、軌間可変電車(フリーゲージトレイン)方式(標準軌)により「諫早・長崎間の着工から概ね10年後に完成・開業する」との方針が決定しました。フル規格による武雄温泉~長崎間の建設が決まったわけです。

これを受け、2012年6月12日に、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が長崎ルート武雄温泉~長崎間の工事実施計画を国土交通省に認可申請。6月29日に認可され、フル規格による武雄温泉~長崎間が着工。博多~武雄温泉間はフリーゲージトレインで乗り入れることになりました。開業予定は2022年度末頃と決められています。

フリーゲージトレインの頓挫

フリーゲージトレインの開発も進められました。2014年4月に、フリーゲージトレインの第三次試験車両での性能確認試験を開始します。

しかし、同年12月に車軸に摩耗などが発生し、試験が中断。これにより、2022年度末の武雄温泉~長崎間の開業時にフリーゲージトレインを全面導入することは困難になり、2016年3月、国や長崎、佐賀両県など関係6者は「リレー方式」で2022年度に開業させることで合意しました。

フリーゲージトレインは、2016年12月に検証走行試験を実施したものの、ふたたび車軸に磨耗が見つかってしまいます。2017年7月14日、国土交通省は、2022年度の長崎ルート暫定開業時に、フリーゲージトレインの先行車両を導入することができないことを認めました。

同7月25日には、JR九州の青柳俊彦社長が、与党の整備新幹線推進プロジェクトチーム(与党PT)の会合で、「フリーゲージトレインによる運営は困難」と述べ、長崎新幹線へのフリーゲージトレイン導入そのものを断念することを明らかにしています。

与党PTでは、新鳥栖~武雄温泉間の整備方法を再検討。2018年3月30日に開かれた会合で、国交省が「九州新幹線(西九州ルート)の整備のあり方について(比較検討結果)」を報告し、対面乗換開業時・FGT・ミニ新幹線(単線並列と複線三線軌の2パターン)・全線フル規格の試算を公表しました。

与党PTは、2018年7月19日の会合でフリーゲージトレインの導入を正式に断念し、2019年8月にはフル規格で整備すべきとの方針を決定しています。

ただし、佐賀県はフル規格の建設方針に一貫して反対。与党PTのほか、国交省やJR九州、長崎県を交えた協議もおこなわれてきましたが、これまでのところ合意に至っていません。


 

西九州新幹線新鳥栖~武雄温泉間のデータ

西九州新幹線新鳥栖~武雄温泉間データ
営業構想事業者 JR九州
整備構想事業者 鉄道・運輸機構
路線名 西九州新幹線
区間・駅 新鳥栖~武雄温泉
距離 約50km(佐賀駅ルート、フル規格)
想定輸送密度
総事業費 6200億円(佐賀駅ルート、フル規格)
費用便益比 3.1
収支改善効果 約86億円/年
種別 第一種鉄道事業
種類 新幹線鉄道
軌間 1,435mm
電化方式 交流25,000V
単線・複線 未定
開業予定時期 未定
備考 全国新幹線整備法

※データは2021年九州新幹線西九州ルートに関する「幅広い協議」の資料(国土交通省鉄道局)より。

西九州新幹線新鳥栖~武雄温泉間の今後の見通し

西九州新幹線の新鳥栖~武雄温泉間は、全区間が佐賀県です。しかし、その佐賀県が新幹線建設をする気がありません。整備新幹線は「地元が要望して、費用の一部を負担する」というスキームです。西九州新幹線の場合、地元が要望しておらず、費用負担にも難色を示している以上、建設することは難しいでしょう

スキームを変更するか、何らかの特例を設ける方法も考えられます。しかし、新幹線ができれば在来線特急が廃止また削減されます。佐賀県は、低価格で利用できる在来線特急の廃止による利便性低下も懸念しているため、新幹線を迷惑に感じている気配すらあります。こうなると、建設費負担の話だけではなくなりますので、「金で解決する」ことも難しいといえます。

ということで、現時点で、西九州新幹線新鳥栖~武雄温泉間に着工の見通しはありません。国が新たなスキームを考案できるかにかかっているといえそうです。