財政制度等審議会の分科会が、整備新幹線について議論しました。着工5条件について維持を求めたほか、貸付料についても現行制度を見直すべきと提案しています。
財務相の諮問機関
財政制度等審議会は財務相の諮問機関で、来年度の予算編成に向けてさまざまな議論をしています。2024年10月28日におこなわれた分科会では、社会資本整備が議題のひとつとなり、そのなかで整備新幹線が取り上げられました。
議題に上がったのは、着工5条件、着工後のリスク、貸付料の適正額、駅舎のJR負担、といった課題です。いずれも、今後の新幹線整備において避けて通れない内容です。財政審で公表された資料を基に、議論の内容を読み解いていきましょう。
着工5条件の維持
まず、整備新幹線の着工5条件とは、以下の5つです。
・安定的な財源見通しの確保
・収支採算性
・投資効果
・JRの同意
・並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意
この5条件が揃って、整備新幹線が着工できます。これについて、分科会では、「現状、この考え方を変更すべき事情はなく、引き続き着工5条件を維持するべきである」としました。
整備新幹線の未着工区間は、北陸新幹線敦賀~新大阪間と西九州新幹線新鳥栖~武雄温泉間の2つのみです。それを踏まえて「5条件を維持すべき」とわざわざ提言するのは、この2区間で「5条件が維持されなくなる」という危惧があるからでしょう。
未着工2区間は、現時点で着工5条件を満たせていません。そのため、5条件を緩和しようという政治的な動きもあります。そうした動きを念頭に、財政審として「5条件の維持」を明確に求めたとみられます。
リスクも考慮した着工判断を
さらに、分科会では、着工5条件のみで着工判断をすべきでない、という姿勢も打ち出しました。
分科会では、「近年の整備新幹線等の整備の過程においては、様々な課題やリスクがあることが判明している。今後の整備新幹線の着工判断に際しては、着工5条件に加えて、こうした課題・リスクについても十分に検討・評価した上で、着工判断を行う必要がある」としました。
整備新幹線建設にはリスクがあるので、そのリスクも考慮して着工判断をすべき、という話です。
長大トンネル掘削や環境面のリスク
では、リスクとは何でしょうか。議題に挙げられたのは、「長大トンネル」「建設発生土や地下水」「地方自治体の不同意」「事業費の増嵩」「見切り発車」の5つです。
「長大トンネル」については、北海道新幹線札幌延伸工事で大幅な工事遅延が生じています。分科会では「事前には把握困難な地質上の問題により、完成時期が当初見込みよりも後ろ倒しになるリスクがある」としています。
「建設発生土や地下水」については、 北海道新幹線札幌延伸でヒ素などの要対策土が発生し、受入地確保に時間を要しました。また、リニア中央新幹線では、トンネル工事により、地下水の流れに影響したとみられる井戸枯れや崩落事故が発生しています。
分科会では、「今後の整備新幹線の整備に際しては、発生土処理や地下水への影響など、環境面のリスクも評価する必要がある」としています。
地方自治体不同意のリスク
「地方公共団体の不同意」とは、よく知られているリニア中央新幹線における静岡県の問題が例に上げられています。静岡県がトンネル掘削による水資源や環境保全にかかる影響に懸念を示し、リニアは静岡工区で着工に至っていません。
分科会では、「関係する地方公共団体関係者等に十分な情報提供及び協議を行い、あらかじめ明確な同意を得ることがこれまで以上に重要になっている」としています。
事業費のリスク
「事業費」については、近年の整備新幹線事業において、着工後、大幅に増加することが問題になっています。これについて、分科会では、「事業費について、各種リスクを十分に織り込んだうえで、少なくとも政府・日銀の物価安定目標である2%程度の物価上昇の継続を前提とするべき」としました。
さらに、「物価上昇の可能性もあるため、物価が、例えば更に1%上昇した場合にどの程度費用に影響を与えるかといった情報についても、あらかじめ示すべき」としています。
見切り発車のリスク
「見切り発車」については、西九州新幹線の問題を指摘しています。新鳥栖~武雄温泉間では、フリーゲージトレインの導入を前提としていましたが、着工後の技術開発の難航により導入断念に追い込まれました。
こうした状況を受け、「着工の判断を行うに際しては、各種の課題・リスクを十分に検討・評価することが必要」と指摘しています。
北陸新幹線新大阪延伸にクギ
分科会が指摘している「リスク」は、過去の事例を挙げ、北陸新幹線と西九州新幹線の着工に対して、十分に考慮するようクギを刺した内容といえます。とくに意識されているのは、北陸新幹線新大阪延伸のようです。
北陸新幹線新大阪延伸の公表された事業費は4兆円規模になっていて、これまでのルールで費用便益比を計算すれば着工5条件の「収支採算性」を満たせない可能性が高いです。また、要対策土の多い地域に長大トンネルを通す計画になっていて、予定工期通りで整備できるかも危ういでしょう。環境問題で異を唱える自治体も出てきています。
北陸新幹線新大阪延伸の着工判断をする際には、こうした課題をきちんと考慮に入れるべきではないか、と指摘しているわけです。
貸付料見直し
分科会では、さらに貸付料の問題も取り上げました。
整備新幹線の貸付料は、新幹線を建設する区間の受益に応じて、JR各社が負担するものです。開業時の金額が30年据え置かれる制度になっていますが、分科会では、その見直しを求めました。
分科会では、見直しを求める理由として、これまでに開業した整備新幹線の受益が、開業前の想定を上回っていること挙げています。たとえば高崎~金沢(345.5km)の貸付料は、3区間計で年間420億円です。しかし、需要予測と実績値を基に試算すると、追加で年176億円(42%)を得られた計算になります。
最初に開業した整備新幹線は高崎~長野間で、2027年に開業30年を迎えます。つまり、3年後に貸付料の契約期限を迎えるわけですが、その後の扱いは決まっていません。国交省としては、受益が発生する限りにおいて、その範囲内で貸付料を求める姿勢を示しています。
この整備新幹線初の「契約更新」を見据えて、分科会では見直しを提言したようです。
貸付料変更の方向性
具体的には、高速道路の貸付料の考え方を参考にするように求めています。高速道路の貸付料は交通量推計などを踏まえ定期的(1~5年程度)に見直されていて、期中の料金収入が1%以上増減した場合には、貸付料を増減します。
新幹線においても、「高速道路の例も参考にしつつ、適切な貸付期間、貸付料を設定することが必要」としたうえで、「需要の実績が貸付料算定の前提となった予測を上回る場合には、その上回る部分も貸付料として追加的に徴収できるような貸付料算定方式の見直しを行うことが必要ではないか」と提言しました。
さらに、「鉄道各社は鉄道事業に加えて、関連する不動産やホテル、物販などの事業で収益をあげるようになってきており、貸付料の算定にあたっては、鉄道収入のみならず、新幹線開業に関わる関連収入についても参入すべき」としています。
「受益」に、不動産やホテル、物販などの収益も含めてはどうか、という意見です。
これらの提言に従うなら、整備新幹線の貸付料は変動制となり、運賃・料金収入の増減に応じて金額が変わり、関連収入が増えたらそれに応じた負担も上乗せされる、ということになります。
大都市駅でのJR負担
そのほか、整備新幹線の駅建設について、「民間活力の活用」を提言しています。
分科会では、整備新幹線で建設する新駅について、「大都市部では併設商業施設等による集客を見込むことができ、民営化されたJRによる創意工夫を活かす余地が極めて大きい」としたうえで、これまで、公共事業で建設していた駅舎に関して、「少なくとも大都市部における駅舎については新幹線運営主体であるJRによる整備とすることも考えられるのではないか」としています。
大都市部での駅活用の例として、名古屋駅のJRセントラルタワーズ・JRゲートタワーを例に挙げています。大都市部の駅施設をJRが作れば、自由に商業施設を展開でき、より大きな収益を得られるだろう、ということです。
これは、おそらく、北陸新幹線の京都駅、新大阪駅を意識した提言とみられます。大都市部で今後、作られる整備新幹線駅はこの二つだけだからです。
一般論でいえば、京都駅や新大阪駅のようなターミナル駅では、公共事業より民間資本のほうが、より収益性の高いビルを建てることができそうです。JRとしても商業施設を含めて建設したほうが利益を上げやすい側面はあるでしょう。
そうすれば公的負担も減ります。「民間活力の活用」とは、こうした一石二鳥を狙った提言と見受けられます。
両駅は整備費が巨額になりそうなだけに、負担額を考えれば簡単な話ではないでしょう。とはいえ、たとえば京都駅八条口で取得する土地に、駅併設の商業施設を建てていい、という話ならば、JR西日本としても、ある程度の負担には応じられるかもしれません。
来年度予算に向けて
以上が、財政審の「提言」の概要です。基本的には、新幹線をより効率的に整備するよう求める内容になっています。
最初に書いたとおり、財政制度等審議会は財務相の諮問機関です。財政規律を重視する財務省の審議会ですので、予算を削減する方向で提案をするのは当然です。新幹線に限った話ではなく、たとえば道路や災害復旧事業に関しても、さまざまな見直しを求めています。
財政審では、こうした議論を踏まえて、来年度予算に向けた建議を取りまとめます。建議が現実の予算や政策にどこまで反映されるかは何ともいえませんし、筆者の見通せるところではありません。
指摘を踏まえた計画作りを
私見としては、整備新幹線の着工5条件が実現不可能になりつつあるなか、さらにハードルを高める要素を加えたら、今後、新幹線の建設などできなくなるのではないか、という気がします。
いっぽうで、財政審の指摘は事実なので、それを踏まえた計画作りをする必要があるのも確かでしょう。
貸付料に関しては、「安すぎるのではないか」という指摘はこれまでにもあり、JRに負担増を求める内容には一理あるでしょう。一方、変動制にするとJRの経営努力の意欲を削ぐという意見もあります。
貸付料を高速道路のように料金収入に応じる形にすれば、たとえばコロナ禍のようなときには減免が容易になるという側面もあります。今後の人口減少も見据えれば、新幹線の利用者が緩やかに減少していく可能性もあるわけで、JRとしても経営リスクを減らせる変動制が、必ずしも悪い話とはいえないでしょう。
また、整備新幹線の新駅のJR負担に関しては、上述したように、京都・新大阪の2駅のだけの話なら、検討の余地がありそうです。(鎌倉淳)