西武池袋線とJR武蔵野線の直通運転が検討されていることがわかりました。具体的な内容は未発表ですが、どういう狙いがあり、どのような運行区間になるのでしょうか。
連絡線を活用
西武池袋線は池袋~吾野間を結ぶ路線で、吾野~西武秩父までの西武秩父線と一体的に運行されています。JR武蔵野線は府中本町~西船橋間を結ぶ路線で、京葉線を経由して東京駅まで直通運転しています。
両線は秋津付近で交差していて、所沢~新秋津間にある連絡線でつながっています。この連絡線を使い、両線が直通運転を計画していることが明らかになりました。
先行して報道したのは読売新聞です。同紙2025年6月9日付によりますと「埼玉・秩父エリアから千葉・東京湾臨海部まで乗り換えなしでの移動が可能になる」としています。
その後、報道各社が後追いし、西武、JRとも直通運転の検討を認めました。各社報道によると、実施時期は2028年度で、2029年春のダイヤ改正を視野に入れているようです。
どの区間で運行するのか
ここまでが報じられている事実です。両線の直通はこれまで話題になったことはほとんどなく、驚かれた方も多いでしょう。
じつは、両線の相互直通運転に関しては、沿線自治体が鉄道会社にかねてから要望していた事項のひとつです。
所沢市議会の議事録によれば、2024年9月議会で秋田孝議員の質問に対し、小野塚勝俊市長は「西武鉄道池袋線とJR武蔵野線の相互乗り入れが実現したならば、埼玉県西部地域と東京都多摩北部地域との人の往来が一層活発になり、交流人口の増加や本市の魅力向上などの効果があるものと考えております。こうしたことから、相互乗り入れの実現に向け5市で連携を図ってまいりたいと考えております」と答弁しています。
ここでいう「5市」とは、所沢市のほか、埼玉県西部地域まちづくり協議会を構成する飯能市、狭山市、入間市、日高市を指します。これらの地域が、「多摩北部地域との往来の活発化」を目標に、連絡線を活用した直通運転を求めてきた、ということです。
その永年の要望が、ようやく実ることになるわけです。
府中本町方面
とはいえ、実際に直通運転した場合に、「どの区間で運行するのか、利用者はどれほどいるのか?」という感想を抱いた方も多いのではないでしょうか。
新秋津の連絡線は、所沢方面から府中本町方面に直通できるように設置されています。そのため、線形通りに直通運転をするのならば、所沢~府中本町間が本筋となります。「多摩北部地域との往来の活発化」という、地元の要望に沿うのもこの区間です。
しかし、府中本町~所沢間は、西武国分寺線・新宿線の国分寺~所沢間と並走しており、この区間だけのために直通運転をする意味は小さいようにも感じられます。ただ、所要時間は武蔵野線経由のほうが短いですし、立川~所沢間のアクセス向上にも価値があります。
また、武蔵野線は、府中本町以南に貨物線が続いていて、鶴見方面へ抜けられます。貨物線内も不定期の旅客列車が走っていますので、一部列車が西武線に乗り入れることは可能でしょう。これについては後述します。
所沢~大宮間
西武・JRの直通列車が、武蔵浦和・西船橋方面に向かうのであれば、新秋津駅での方向転換が必要になります。
方向転換してまで運行する価値のある区間として考えられるのは、所沢~大宮間です。所沢市は埼玉県西部の中心都市ですが、県都のさいたま市への鉄道アクセスが不便です。所沢~大宮間を結ぶ列車が設定されれば、一定の利用は見込めるでしょう。
武蔵野線は大宮駅を経由しませんが、西浦和駅から大宮方面に抜ける連絡線があるので、それを活用すれば、所沢~大宮間の列車を設定することは可能です。
所沢~東京間
もうひとつ考えられる直通運転区間は、所沢~西船橋~東京間です。
所沢駅から東京駅まで、武蔵野線経由で利用する人はいないでしょうが、西武線沿線から武蔵野線沿線や、舞浜駅など湾岸エリアへのアクセスとして考えれば、ある程度の利用者は見込めるかもしれません。
ただ、西武池袋線・武蔵野線直通列車が誕生した場合、所沢~舞浜間は1時間30分くらいかかりそうです。
西武池袋線で池袋まで行き、有楽町線に乗り換えて、新木場を経由した場合で約1時間です。舞浜までの直通列車ができたとしても、30分も余計にかかるのであれば、乗換検索での表示順位も低そうですし、利用者は限られる気もします。
そう考えると、普通列車で所沢~西船橋~東京を結ぶ直通運転を実施する意味は、小さいというほかありません。
所沢~羽田空港間
もう一つの可能性として考えられるのは、2031年度に開業予定の羽田空港アクセス線への直通です。同線の臨海部ルートは新木場駅で京葉線と線路が繋がる見込みで、そのまま武蔵野線に直通することも可能です。
その場合、所沢~新秋津~西船橋~新木場~羽田空港という列車を設定できます。所沢~羽田空港間でみれば池袋経由のほうが早いですが、空港客は、時間がかかっても直通列車を選ぶ傾向があります。
JRとしても、臨海部ルートの列車を武蔵野線に乗り入れさせる計画があるのならば、その終着を府中本町にするよりも、所沢や飯能など、西武池袋線方面にしたほうが、より多くの集客を見込めます。その点で、両社にとって意味のある直通運転になります。
ただ、羽田空港アクセス線の臨海部ルートは、途中で東京臨海高速鉄道りんかい線を経由します。直通列車を設定するならこの区間の運賃をどう収受するかが問題になるでしょう。
有料特急
さらなる可能性としては、有料特急を設定することも考えられます。
西武鉄道としては、秩父方面への観光客の誘致が課題です。秩父への観光特急の都心側の発着地を多様化したいという目標があるはずです。
武蔵野線を活用すれば、千葉県から西武秩父への特急を設定でき、千葉県から秩父観光がしやすくなります。
武蔵野線の羽田空港アクセス線乗り入れが実現するなら、秩父から羽田空港への有料特急も運行できます。羽田空港と秩父が直結すれば、観光地としての秩父の価値は高まります。
特急「鎌倉」乗り入れ
新秋津から府中本町を経て、武蔵野貨物線に入り、横浜方面に運行する可能性もありそうです。
たとえば、現在の特急「鎌倉」(吉川美南~鎌倉)を、新秋津から西武線に乗り入れさせる形が考えられるでしょう。西武の車両を使うなら「ラビュー鎌倉」でしょうか。
この場合、所沢~鎌倉間が1時間20分程度になりそうで、埼玉県西部から鎌倉観光のアクセスが劇的に改善します。
この特急を西武秩父まで乗り入れさせれば、横浜や大船から秩父への観光もしやすくなります。
実現性が高そうなのは?
これらの可能性のうち、実現性が高そうな区間を考えてみましょう。
まず、地元の要望に応える基礎的な区間として、府中本町~所沢・飯能間の設定が考えられます。西武国分寺線の並行区間ですが、所要時間は武蔵野線経由のほうが短そうですし、設定すれば一定の利用者は見込めるでしょう。
次の候補と言えそうなのは、大宮への直通列車でしょうか。大宮~所沢・飯能間の列車も、手堅い需要が見込めます。
有料特急が走るのであれば、鎌倉~横浜~西武秩父間が有力でしょうか。鎌倉~西武秩父間の列車は、週末のみの運行なら双方向で需要が高そうです。当初、臨時列車でスタートするのであれば、この区間が最有力かもしれません。
羽田空港へのアクセス列車については、2031年度に羽田空港アクセス線が開業し、りんかい線の運賃収受問題が解決しているのであれば、羽田空港~所沢・飯能間の列車も運行が可能です。ただ、羽田空港アクセス線の運転本数から見て、武蔵野線直通が設定されるかどうかも微妙なので、この区間も可能性が小さいかもしれません。
いっぽう、東京駅への乗り入れについては、それだけでは乗り入れの価値は高くない印象です。現在の東京~府中本町間の列車を、あえて西武線発着に振り返る意味は小さいように思えます。
直通運転の狙い
ではなぜ、今回、このような直通運転が検討されるようになったのでしょうか。いうまでもなく、鉄道会社が人口減少に直面し、少しでも需要を喚起しようとしているからでしょう。
西武鉄道としては、池袋線沿線から、東京都多摩地域や千葉県、神奈川県など関東一円へのアクセスをしやすくすることで、沿線の魅力を高め、居住人口を増やそうという狙いがあるとみられます。
また、関東各地から秩父方面へのアクセスをしやすくすることで、秩父への観光需要を喚起する目的もあるのでしょう。さらに、西武沿線から羽田空港まで直通列車を運行できるなら、空港バスを減らすことができ、バス運転士不足への対策にもなります。
そう考えると、全体的に西武鉄道にメリットの大きい直通乗り入れといえます。ただ、JRとしても、西武鉄道に乗り入れることで、新たな需要が喚起されるのであれば、自社の利益になるのはいうまでもありません。(鎌倉淳)