フリーゲージトレイン計画の記載なし。近鉄、新中期経営計画を読み解く

担当役員もいなくなり

近鉄が新しい中期経営計画を発表しました。前回に掲載されたフリーゲージトレイン計画が消えた一方で、夢洲直通特急構想は維持されました。

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中期経営計画2024

近鉄は、2021年5月14日に、「近鉄グループ中期経営計画2024」を公表しました。2021年度から2024年度までの4年間の経営計画です。近鉄は2019年に2023年度までの5か年計画を公表していますが、新型コロナウイルス感染症の深刻な影響を受けて、経営計画を見直す形です。

新しい中期経営計画では、 2024年度までを「コロナ禍からの回復期」と位置づけ、新たな事業展開と飛躍に向けて、経営基盤を再構築します。そのなかから、鉄道利用者にかかわりのありそうな内容を読み解いていきましょう。

近鉄特急ひのとり

支線の運営体制を検討

新しい中期経営計画では、鉄道事業について、「アフターコロナの収入減少下でも安定的に利益を確保できる経営基盤の早期確立」を目指します。

路線の存廃にかかわる直接的な記述はありませんが、支線について、コスト削減をした上で、「今後の運営体制を抜本的に検討」すると記載しました。近鉄は、これまでに養老線や伊賀線などを経営分離してきましたが、他線でも経営分離などの方策を検討しているようです。

デジタル技術を活用した駅オペレーションも推進し、駅運営などの合理化を加速します。たとえば、自動券売機や精算機などで遠隔対応を充実させ、人件費を削減します。駅の合理化は鉄道業界全体の傾向ですが、近鉄でも実施するということです。

近鉄中期経営計画
画像:「近鉄グループ中期経営計画2024」より

減便、運賃値上げも

ダイヤに関しては「今後の需要を見据えたダイヤのあり方を検討」し、「2021年度に一部列車の不定期化・区間短縮・取消し等を行い、輸送の効率化とコスト削減」を図るとしました。具体的には記されていませんが、減便や終電繰り上げを検討しているようです。

さらに、「収支が十分に改善しない場合に備え、運賃・特急料金改定に向けた制度研究・検討」を進めるとも記し、値上げや、時間帯別運賃の導入可能性を示唆しました。

観光需要の取り込みとして、ダイナミックプライシングの導入を検討する方針も掲げられていて、特急列車に価格変動の仕組みが取り入れられるかもしれません。

2021年度~2024年度の4年間の設備投資計画いついては、コロナ前計画が1,292億円だったところ、714億円に縮小。577億円を節減します。

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夢洲直通特急計画は維持

特急列車については、魅力的な車両開発による観光需要の創出を目指します。名阪特急「ひのとり」は、2021年2月で全72両(11編成)の投入を完了。さらに、2022年以降、新たな観光特急の運行を計画します。

注目点は、夢洲と沿線観光地を直通で結ぶ列車の運行について、「継続検討」と明記されたことでしょう。夢洲への路線は大阪メトロ中央線が建設中で、相互乗り入れする近鉄けいはんな線からの直通特急計画を維持するということです。

この特急は、けいはんな線から、さらに奈良線などへの直通運転を目指しています。中央線、けいはんな線は第三軌条からの集電、奈良線などは架線からの集電で、方式が違うため、異なる集電方式で走行可能な車両を開発します。

けいはんな線と奈良線が接続する生駒では、渡り線を新設します。このプロジェクトにより、夢洲に誘致しているIR(統合型リゾート)と、近鉄線の沿線観光地を結びつけます。

近鉄中期経営計画2024
画像:「近鉄グループ中期経営計画2024」より

フリーゲージの記載なし

一方で、前回の中期経営計画に掲載されたフリーゲージトレイン(軌間可変列車)の技術開発については触れられていません。

近鉄は、南大阪線系統が1067mm軌間で、他系統の1435mm軌間と異なっています。複数の軌間を直通運転できるように、車輪の左右間隔を自動的に変換する列車がフリーゲージトレインで、前回計画では、夢洲直通特急と並列でフリーゲージトレインを「次世代車両」と位置づけていました。しかし、新しい中期経営計画では、記述がありません。

近鉄は2018年5月にフリーゲージトレインの開発を正式発表し、6月に同社総合研究所内に「フリーゲージトレイン開発推進担当役員」を新設。グループ会社である近畿車両の吉川富雄常務が「取締役兼常務執行役員フェロー兼総合企画本部総合研究所主席研究員兼フリーゲージトレイン開発推進担当」として就任しました。

ただ、吉川氏は、1年後の2019年6月に近鉄の取締役を退任。現在の近鉄に、「フリーゲージトレイン開発」を担当業務とする役員はいません。

こうした状況から判断すると、近鉄のフリーゲージトレイン計画は、凍結または中止になっているのかもしれません。

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百貨店の再構築

このほか、新しい中期経営計画から、利用者に関わりの深そうな内容をピックアップしましょう。

百貨店事業では、あべの・天王寺エリアの「ハルカスタウン」に注力。旗艦店・あべのハルカス近鉄本店を強化し、国内外の超広域から集客できる魅力ある店づくりを目指します。インバウンド回復に向け、個人旅行客や東南アジア諸国からの訪日客の取り込もうという構想で、近鉄本店を世界的な百貨店に育てるという野心的な目標を掲げたわけです。

百貨店のうち、地域中核店や郊外店については、駅前中心市街地の核となる生活機能・商業機能・コミュニティ機能を融合した、「まちづくり型複合商業サービス施設」へ変革します。百貨店型からテナント中心の商業ディベロッパー型の店舗運営へ移行も検討します。

郊外店などで「近鉄百貨店」の看板を下ろすのかは不明ですが、これまでの百貨店とは異なる形態へ移行していくということでしょう。

駅コンビニ店員が駅業務

ストアや飲食店については、駅ナカのリアル店舗販売とECサイトとの相互送客の仕組みを構築します。西大寺駅や宇治山田駅などでは、駅ナカ、駅チカの出店地を拡大します。

また、駅ナカコンビニスタッフによる駅業務代行の展開も検討します。駅のコンビニ店員が出札業務を兼ねる、ということが検討されているのでしょうか。冒頭に記した、「駅運営の合理化」ともかかわってきそうです。

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ダイナミックパッケージなど拡充

ホテルについては、フラッグシップホテルや鉄道施設と切り離せないホテルなどを除き、施設を保有しないで、運営を受託する方式に切り替えます。海外でのホテル経営実績を持つブラックストーン社と提携し、グローバルな競争力を蓄積するとしています。

旅行事業に関しては、クラブツーリズム事業に力を入れ、共通の趣味を持つ人たちをつなげるコミュニティ構築を強化。有料会員増を目指します。

近畿日本ツーリストの個人旅行向けでは、紙パンフレットを主媒体とする「メイト」「ホリデイ」ブランドでの販売を終了し、「近畿日本ツーリスト ダイナミック・パッケージ」などの商品拡充を図り、ウェブ販売にシフトします。

近畿日本ツーリストは、JTBや日本旅行に比べてウェブ販売で遅れをとってきた印象ですが、これから挽回をはかるのであれば、おトクな商品を探す利用者としては注目でしょう。

現実的な判断

近鉄は民鉄最大の路線網を誇りますが、沿線では人口減少・高齢化が進んでいて、さらに新型コロナの影響を受け、通勤・通学需要や旅行需要が激減。経営は難しい局面にあります。

ただ、感染症はいずれ収束しますし、その後は旅行需要の爆発も予想されています。2025年の万博と、誘致が実現すればIRというチャンスも待ち受けます。京都、奈良という国際的観光地を沿線に持つ近鉄は、旅行需要の拡大の恩恵を受けやすい鉄道会社であり、観光輸送を最大限活かすことが、事業の柱となっていくでしょう。

その点で、IRを視野に入れた夢洲観光特急計画を継続する一方、大きな増収が見込めないフリーゲージトレインの開発目標を削除した新たな経営計画は、現実的な判断に基づいているといえます。2022年以降に新たな観光特急の運行も計画しているそうですので、どんな新型車両がお目見えするのか、いまから楽しみです。(鎌倉淳)

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