「観光白書」の2025年版が公表されました。10年前に比べて、国内の宿泊費が約1.4倍に、旅行単価が1.5倍になる一方、旅行者数は1割ほど減少していて、日本人の「旅行離れ」が浮き彫りになっています。インフレの影響で「旅行しない人」が増えているようです。
観光白書で国内旅行を分析
「観光白書」は、観光の状況や施策について、国土交通省が毎年国会に報告しているものです。2025年版白書では、「国内交流拡大」に着目した分析をおこなっていて、日本人の国内旅行の活性化について検討しています。
それによると、日本人の国内旅行消費額は、新型コロナウイルス感染症の影響から回復し、2024年は過去最高の25.1兆円となりました。内訳は、宿泊旅行が20.3兆円、日帰り旅行が4.5兆円です。
インバウンドの旅行者が急速に増えていますが、依然として国内旅行者の存在は大きく、旅行消費額全体の7割超を占めています。
旅行単価が高騰
これだけ見ると、日本人の国内旅行は活発にみえます。ただ、延べ旅行者数は5.4億人と、コロナ前(2019年)の5.9億人にまで回復していません。2014年の6億人に比べると1割減となっています。
いっぽう、旅行単価(1人1回当たり旅行支出)は、コロナ前の3.7万円を大きく上回り、4.7万円に達しています。2014年の3.1万円に比べると約1.5倍になっていて、10年間で旅費が5割高になってことを示しています。
つまり、10年前と比べ、旅行者は1割減り、旅費は5割値上がりしたことになります。国内旅行消費額が過去最高を記録した理由は、旅行者数の増加ではなく、旅行単価の高騰というわけです。
宿泊費と外食費が高騰
旅行の費用は、大きく分けて、宿泊料と交通費、外食費で構成されます。観光白書によると、このうち最も高騰しているのが宿泊費で、10年前に比べて43.8%増となっています。
次いで外食費(一般外食費)が23%増、交通費が10.2%増です。
この間の全体の物価(総合)は11.3%増なので、交通費は物価水準相応のインフレにとどまっているものの、宿泊費と外食費が、物価水準を大きく上回るインフレとなっていて、旅行単価を押し上げていることがうかがえます。
とくに、宿泊費は10年間で4割以上も値上がりしています。1万円で泊まれたホテルが14,000円以上になっている計算です。とくに2022年以降の2年間での値上がりが激しく、この2年間で、宿泊費は3割程度値上がりしています。
インバウンドが影響
観光白書からは、国内で激しい「旅行インフレ」が生じていることが見て取れます。
旅行インフレの背景として、訪日外国人観光客(インバウンド)の増加が挙げられます。新型コロナ禍で減少した外国人観光客は、2023年から2024年にかけて急回復し、過去最高の3687万人に達しました。
宿泊費も2023年から2024年にかけて激しく値上がりしていますので、インバウンドの急増が宿泊費の急騰をもたらしたことが見て取れます。
出張・帰省が減少
国内旅行者は伸び悩んでいますが、目的別でみてみると、とくに落ち込んでいるのが出張などの業務目的です。10年前に比べて、日帰り出張は52.9%、宿泊出張は86%にとどまっています。
日帰り出張の減少傾向は新型コロナ前から見て取れますが、宿泊出張は新型コロナ禍で激減し、回復しきっていません。
帰省や知人訪問目的の旅行者数も減少傾向で、日帰りが74.5%、宿泊が85.5%となっています。
一方、観光・レクリエーション目的の旅行者数は新型コロナ禍以降の回復が早く、10年前と比べて約1割の増加となっています。
日本人の旅行離れ、と書きましたが、実際には、日本人の「出張・帰省離れ」であることがわかります。
観光目的の旅行者数は、出張や帰省目的の旅行者に比べて圧倒的に多く、6割以上を占めています。そのため、全体としての旅行者数は、微減にとどまっているわけです。
国内旅行の状況
ここまでの内容を元に、国内旅行の状況をまとめてみると、
・宿泊費と外食費が高騰
・旅行単価が高騰
・出張と帰省目的の旅行者が減少
・観光目的の旅行者が微増
・全体の旅行消費額は過去最高
という状況が見て取れます。
出張の減少は、出張費用の高騰にくわえ、オンライン会議の普及などが原因でしょう。帰省の減少の理由は明確ではありませんが、少子化、地方の人口減少による帰省先の減少、親族で集まる習慣の衰退といった、複数の要因が絡まった社会的なものと考えられます。
一方で、レジャーとして観光をする旅行者は減っていないわけです。出張と帰省目的の旅行者の減少を、数の大きい観光客の微増で補っている、というのが、2024年の国内旅行の状況というわけです。
年間旅行回数の変化
ところで、近年はインフレが厳しく、生活が苦しいと考える人も増えているように思えます。そのなかで、レジャーとしての国内観光が堅調というのは、肌感覚としておかしな気もします。
そこで、観光・レクリエーション目的の国内宿泊旅行について、年間旅行回数の変化に着目してみます。
年間で1度も旅行しない人の割合は、10年前の46.8%から50.6%に増えています。また、年に5回以上旅行する人も、5.3%から7.6%に増えています。
一方、旅行回数が1回、2回、3~4回の層は、10年前に比べて減少しています。つまり、「たまに旅行をする層」が、回数を減らすか、まったく旅行をしなくなっているわけです。
総じていえば、「旅行する人」と「あまり旅行しない人」「まったく旅行しない人」との間で、二極化が起きていることがうかがえます。
旅行好きの人は何度も旅行するものの、旅行に興味のない人や、旅行できる余裕のない人は、旅行をしなくなっているというわけです。これは、旅行費用、とくに宿泊費の高騰と無縁ではないでしょう。
シニアで二極化
宿泊旅行回数について年代別にみてみると、20代では、「3~4回」「5回以上」の層が10年前より増えています。年に何度も旅をする若者が増えているわけで、若者が旅行を楽しんでいることがわかります。
一方で、50~60代も「5回以上旅行をする人」が全年代を通じて最高の9.7%に達していて、旅行を楽しんでいるシニアが大勢いることを示しています。
しかし、50~60代では、「一度も旅行しない人」の割合も急増しています。つまり、とくにシニアの間で「旅行をする人」「しない人」の二極化が激しくなっていることが見て取れます。
旅行経験率は低下
旅行する人は何度も旅行し、しない人は全くしない。そういう傾向を受け、国内では、旅行する人自体が減っています。
旅行経験率(1年間に旅行を1回以上した人の人口に占める割合)は、宿泊旅行で57.1%、日帰り旅行で42.1%となっています。10年前に比べて約5%低下しており、とくに新型コロナ禍以降の回復が鈍くなっています。
「旅行の二極化」により、旅行をする人が減っているので、経験率も減少しているわけです。
高齢者の旅行離れ
旅行経験率を年代別で見ると、20代で旅行をする人が増えています。年間旅行回数も旅行経験率も、20代は10年前より増えていて、「若者の旅行離れ」という状況は起こっていません。
いっぽう、70代以上の高齢者は、新型コロナ禍以降、明確に旅行経験率が落ち込んでいます。現実に起きていることは「高齢者の旅行離れ」といえます。
高齢者の旅行離れの明確な理由は明らかではありませんが、新型コロナ禍を経て、感染症への警戒感が解けないまま、旅行意欲が減衰してしまったことなどが考えられます。
海外旅行からの転移
もう一つ、国内での観光旅行が増えている理由として、海外旅行の減少の裏返しという側面も見逃せません。
2024年の出国者日本人数は1301万人で、2019年の2008万人の6割強にとどまります。
海外旅行が減少した理由はさまざまでしょうが、一つには円安が挙げられます。円安で高くなった海外旅行を諦め、国内で観光旅行をする人が増えているのでしょう。
つまり、国内観光客の増加は、海外旅行の減少分の転移が含まれている可能性が高いといえます。
旅行者はなぜ増えないか
観光白書では、「日本人の国内旅行者数は長期的に横ばい傾向」であるとし、その理由を「人口減少や少子高齢化」にあると示唆しています。また、「休暇取得等をはじめ、旅行を実施するにあたって様々なハードル」があることも、理由の一つと指摘しています。
ただ、ここまでみてきたように、国内旅行者数が伸び悩んでいるのは、そう単純な話でもなさそうです。
オンライン会議の普及による出張の減少、社会的環境の変化による帰省需要の減衰、宿泊費の高騰による旅費の増加、感染症への警戒感などといった、さまざまな要因が絡んでいるようです。
人口動態に着目するなら、人口ボリュームの大きい団塊の世代が70代後半に入り、旅行をしなくなってきていることが、大きな要因かもしれません。
こうした要因は、日本のさまざまな社会状況を反映しています。そのため、今後、国内旅行者がにわかに増える可能性は小さいというほかありません。したがって、これからの国内の観光産業は、インバウンド頼りになる可能性が高そうです。(鎌倉淳)