JR北海道が経営自立を目指した長期ビジョンを発表しました。北海道新幹線の札幌開業を迎える2031年度に、JR北海道がどういう姿を目指しているのか見てみましょう。
経営自立目指す
JR北海道は、2019年4月9日に「JR北海道グループ長期経営ビジョン 未来2031」を発表しました。厳しい経営状況が続く同社が、2030年度に予定されている北海道新幹線札幌開業を契機に、経営自立を果たすための長期計画です。
本記事ではこの長期経営ビジョンと、2023年度までの同社中期経営計画の内容をまとめつつ、JR北海道が2031年にどういう姿を目指しているかを、利用者に関わりの深い部分を中心に見てみます。
3つの戦略
JR北海道は、経営自立への戦略として、「開発・関連事業による事業構造の変革」「輸送サービスの変革」「鉄道オペレーションの変革」の3つを掲げています。
筆頭に挙げられたのが「開発・関連事業」ということが、今回の「長期ビジョン」を象徴しています。北海道は地域特性として鉄道事業の黒字化が困難で、JR北海道としては関連事業で増収を図らなければなりません。
新幹線口に新タワー
力を入れるのは札幌駅周辺の再開発です。新幹線札幌開業にあわせ、札幌駅東側に設ける新幹線口に新タワービルを建設し、商業施設、オフィス事業を展開します。
再開発と連動して、既存のJRタワーのリニューアルもおこない、魅力の維持・向上を図ります。札幌駅のエキナカの開発も進め、新規店舗スペースを創出し、改札内コンコースにある店舗も増床します。
ホテル事業も拡大
ホテル事業も拡大します。道内ナンバーワンのホテルチェーンを目指し、JRインを函館、札幌北2条、苫小牧、小樽、ニセコなどに展開。10~15棟体制を目指します。また、国際水準の高級ホテル事業にも、札幌駅再開発に合わせて参入します。
札幌圏の駅周辺の再開発としては、苗穂工場のリニューアル、新札幌駅高架下再開発、札幌駅西口地区の再開発をすすめます。不動産事業では、マンション事業も展開。分譲マンションやシニア向けマンションを年1棟程度、建設していきます。
駅や駅周辺で、生活関連事業も展開します。キヨスクのセブンイレブン化をすすめ、現在25の店舗にくわえ、2023年度までに7店舗を新規出店します。JR生鮮市場の出店も拡大。現在9店舗ですが、2023年度までに2店舗を増やします。駅周辺駐車場ではカーシェアリングを導入します。
東京~札幌4時間半
第2の戦略として、本業である鉄道事業で「輸送サービスの変革」を掲げます。力を入れるのは2030年度に札幌開業を迎える北海道新幹線で、東京~札幌で最速4時間半を目指します。そのためには、制限速度が160km/hに抑えられている青函トンネルの共用走行区間の問題を抜本的に解決することと、道内区間で320km/h走行を実現することが不可欠です。
しかし、共用走行問題の解決には簡単な処方箋がありません。「長期ビジョン」でも、「関係者との調整により貨物列車との共用走行問題を抜本的に解決」と記されているのみで、具体的な方法は明らかにされていません。
320km/h化については、新型車両を開発するJR東日本と、北海道新幹線の整備主体である鉄道・運輸機構と連携します。防音壁などの鉄道施設を高速化対応に設計変更し、雪害対策なども実施。整備新幹線のルールとなっている最高速度260km/hの制約を乗り越えます。
新幹線高速化が実現した場合、札幌起点で東京まで4時間半で結ばれるほか、新青森まで1時間半、新函館北斗まで1時間、倶知安まで30分となります。道央と道南の所要時間が劇的に短縮するといっていいでしょう。
これにより、道央・道南・東北エリアの都市間輸送で、新幹線の圧倒的なシェアを目指します。また、道内各地との新幹線乗り継ぎ特急輸送体系も構築します。
新千歳空港アクセスの強化
新千歳空港アクセスの強化も重点分野です。まず、2020年春のダイヤ改正で、快速「エアポート」を毎時5本に増やします。
快速「エアポート」では、Wi-fiサービスを2020年度までに全22編成に導入。2023年度、2024年度には、運用している721系車両を733系車両に置き換え、定員増(762人→821人)を図ります。将来的には、7両化も検討します。
新千歳空港アクセスについては、千歳線の容量問題が立ちはだかります。とくに、札幌貨物ターミナル周辺では平面交差が生じるため、上り貨物列車が下り線を通り抜けて次の下り列車が走行するまで5分間が必要です。
これを抜本的に解消するには立体交差化が必要になりますが、その構想は示されていません。JR貨物とのダイヤ調整などを行うとしています。
新千歳空港駅スルー化
行き止まりとなっている新千歳空港駅のスルー化も課題として挙げられています。
新千歳空港駅のスルー化とは、千歳~苫小牧間の全列車が新千歳空港駅を経由できるように、千歳線の線形を変える構想です。実現すれば大きな効果が見込めますが、巨額の費用が必要です。
千歳線沿線では、北海道ボールパーク(仮称)の建設も進められており、そのアクセスも構築します。当面は北広島駅の改修で対応しますが、北海道ボールパーク新駅の建設も検討します。
観光列車の拡充
観光列車については、既存列車として「SL冬の湿原」、「くしろ湿原ノロッコ」、「ライラック旭山動物園」、「富良野・美瑛ノロッコ」、「ニセコ」などがあります。このうち、特急「ニセコ」の運行期間拡大を検討するなど、既存列車の取り組みを深度化します。
新形車両も投入します。2020年秋には、多目的特急車両キハ261系5000番台(仮称)を新製。「フラノランベンダーエクスプレス」を更新するようです。
キハ40形などを活用した地域密着型の観光列車としては「流水物語」「北海道の恵み」「地球探索鉄道花咲線ラッピングトレイン」がありますが、2019年9月には「紫水」「山明」が加わります。
他社車両による観光列車の運行も行います。JR東日本「びゅうコースター風っこ」を2019年7~9月の土日祝に運転。東急電鉄の「THE ROYAL EXPRESS」も、2020年5~8月の間、1ヶ月間程度、道内を走らせます。クルージングトレイン導入の試金石となります。
特急「北斗」を261系に統一
特急列車については、2022年度に特急「北斗」のうち、281系を261系に置き換え、全列車が261系となります。
261系特急全車両には、2021年度までに、携帯電話やPC充電コーナーを設置します。
維持困難線区はどうなる?
JR北海道の経営改革で、最も注目されているのがローカル線の維持困難線区についてでしょう。JR北海道は、2016年11月に、営業路線の約半分にあたる10路線13線区を「単独では維持困難」と発表。すでに石勝線夕張支線の廃止に踏み切っています。
「長期ビジョン」では、残る12線区について、「黄線区」と「赤・茶線区」に分けて検討しています。
黄線区は輸送密度200人以上、2000人未満の8線区です。宗谷線(名寄~稚内)、石北線、釧網線、花咲線、根室線(滝川~富良野)、室蘭線(苫小牧~岩見沢)、日高線(苫小牧~鵡川)です。
これら8線区については、路線維持の仕組み作りを沿線自治体などと協議します。
具体的には、出張時や日常の鉄道利用を促し、駅前の賑わい作りを試み、駅や線路設備の維持管理の協力を仰ぎます。一方で、利用の少ない駅や踏切の見直しを進めるなどして設備をスリム化。観光利用促進にも取り組みます。
黄線区では、2020年度までを第1期集中改革期間、その後2023年度までを第2期集中改革期間として、改革を行い、2023年度に総括的な検証をします。この時点で事業の抜本的な改善方策についても検討。同年度に路線の存廃について、一定の結論を出すとみられます。
その際、判断の基本指標は「線区別収支」と「輸送密度」であると明記しました。
200人以下は廃線へ
「赤・茶線区」は、輸送密度200人以下の路線です。具体的には、日高線(鵡川~様似・災害運休中)、札沼線(北海道医療大学~新十津川)、留萌線、根室線(富良野~新得)の4線区です。
これら4線区については、JR北海道は鉄道の存続をすでにあきらめており、バス転換を進めます。札沼線(北海道医療大学~新十津川)については、2020年5月の廃止が決まっています。
インバウンド強化
急増するインバウンドの取り組みにも力を入れます。海外プロモーションの強化を行い、北海道レールパスの販売チャンネルの拡大を図ります。北海道レールパスは、2002年には2400万円の売り上げでしたが、2018年度には20億円を超えており、2023年には30億円の売り上げを目指します。
インバウンド関連では、多言語案内のツールを配備し、社員教育も強化。普通列車に使われているワンマン装置は、2019年度末から多言語化します。無料Wi-Fi環境を拡大するほか、大型荷物運搬対策も検討します。
バリアフリーについては、乗降3000人以上の駅について推進。札幌圏の多くの駅でエレベーターが設けられそうです。
観光駅や特急停車駅への整備拡大も検討します。大きなスーツケースを抱える外国人旅行者に対する配慮といえます。
ワンマン電車の新製
第3の戦略である「鉄道オペレーションの変革」は多彩です。まず、2019年度には、QRコードによる乗車券類の販売を本施行。スマホ定期などの導入も進めていきます。
キャッシュレス化や二次交通との連携も進めます。鉄道とバス、タクシーなどを一括手配、一括決済し、キャッシュレス、チケットレスで利用できるようにしていきます。
券売機には、「アシストマルス」(話せる券売機)を順次導入。遠隔サポートで係員と会話できる券売機を設置して、駅業務を効率化していきます。
また、車両更新に合わせ、ワンマン対応の電車の新製を検討します。札幌圏でのワンマン運転を検討しているとみられます。
新型車両としては、電気式気動車のH100形を、2019年度より順次導入していきます。
運賃値上げ
運賃値上げも断行します。2019年度10月1日の消費税増税と同時に値上げし、40億円規模の増収を見込みます。JR北海道の鉄道運輸収入は約730億円なので、単純計算では約4%程度の値上げになりそうです。
鉄道の防災、減災技術の高度化や、鉄道設備の自動監視も進めます。また、高精度測位を活用した無線通信列車制御などを導入し、信号などの地上設備をシンプルにします。
車両や線路のメンテナンスに関しても自動化、省力化をすすめ、線路設備モニタリングシステムを導入。車両検修業務も刷新し、苗穂新工場を建て替えて効率化します。
在来線にビジョンなく
全体として見てみると、JR北海道が社運を賭けているのは、「北海道新幹線」「新千歳空港アクセス」「札幌圏開発」「インバウンド」の4分野といえます。
鉄道事業に限ると、北海道新幹線延伸準備、新千歳空港アクセスを含む札幌圏の強化についての施策が目立ちます。
一方で、「カムイ」「ライラック」「とかち」「おおぞら」など、都市間輸送を担う在来線特急の将来像についての記述は乏しいものとなりました。
ローカル線の整理については、輸送密度の極端に低い路線に関して廃止の方向性を改めて示したものの、宗谷線や石北線、花咲線といった骨格路線については先送りの印象です。
地元の財政負担を前提にして存続を目指す姿勢を示してはいますが、財政力に乏しい沿線自治体がどこまで応じられるかはわかりません。
利用促進の具体策として記されている内容も新味に乏しく、効果は未知数です。結局のところ、今回の「長期ビジョン」から、2031年の北海道鉄道網を予想することは困難です。
JR北海道としても、札幌圏から離れた在来線の扱いについては、決めかねていることがうかがえます。長大な路線網をどう維持するかが、JR北海道の最大の経営課題のはずですが、それについての「長期ビジョン」は明確にされませんでした。(鎌倉淳)