JR6社が、2026年3月に、往復・連続乗車券を廃止すると発表しました。往復割引もなくなります。国鉄時代からの制度を次々と廃止して、JRの運賃制度はどこへ向かっていくのでしょうか。
往復・連続乗車券廃止
JR旅客6社は、往復乗車券と連続乗車券の発売を2026年3月に終了すると発表しました。あわせて、乗車券の往復割引も廃止します。
往復乗車券は同一区間を往復する場合に、行きと帰りをまとめて発売するきっぷです。片道601km以上の場合、「往復割引」が適用されて、往復とも運賃が1割引きとなります。
連続乗車券は、乗車区間の一部が重複する場合などに発券されます。運賃は打ち切り計算ですが、有効期間が伸びるというメリットがあります。
往復乗車券と連続乗車券は、国鉄時代から続く制度です。
他の国鉄時代からの制度としては、新幹線と在来線などの乗継割引が、2024年3月に廃止されています。また、回数乗車券も、すでに多くの区間で廃止されました。
往復・連続乗車券も廃止されることで、国鉄時代の制度がまた一つ、姿を消します。
時代が変わり
これら国鉄時代からの乗車券制度は、当時の鉄道の利用状況や、きっぷの発券環境を反映していました。
国鉄時代は、長距離きっぷを駅窓口で販売するのが基本でした。往復・連続乗車券を導入することで、駅窓口での発券回数を減らせますので、事業者にとってメリットがありました。利用者にとっても、窓口に一度行けば全行程のきっぷが買えたので、便利な制度でした。
しかし、近年のJRは、駅窓口の閉鎖を進める一方、インターネットによるオンライン販売を強化しています。オンライン販売では、往復や連続のきっぷを別々に発売しても、システム上の負荷は小さいので、JRにとって往復・連続乗車券のメリットは小さくなっていました。
一方で、往復・連続乗車券をオンライン販売すると、利用者の操作が複雑になります。きっぷの内容によっては、払い戻しや変更をオンラインで完結できず、窓口対応が必要になる場合もあるでしょう。要は、オンライン販売に、往復・連続乗車券は適していないのです。
利用者にとっても、オンラインで全ての区間を購入できるなら、往復や連続の必要はありません。オンラインで使いやすいきっぷを販売してくれればいいだけです。
つまるところ、往復・連続乗車券は、歴史的な役割を終えて、廃止に至ったといえるでしょう。端的にいえば、時代が変わった、ということです。
往復割引の廃止はデメリット
往復割引乗車券の廃止については、利用者には大きなデメリットです。遠距離を単純往復する場合、値上げとなるからです。
往復割引は、距離の条件さえ満たせば、発着地を問わずに適用されますので、多くの人が利用可能な割引のしくみが失われることになります。
ただ、往復割引が適用されるような遠距離区間では、相応の割引制度が用意されている場合もあります。
制度的に廃止しても、新たな割引を設定することはできるので、JRの営業施策の問題にとどまるといえます。
特定都区市内制度は?
では、国鉄時代から引き継ぐ運賃・料金の特殊な制度には、他に何があるでしょうか。
代表的なものとしては、特定都区市内駅制度が挙げられます。「東京23区」「大阪市内」といった大都市の駅を発着し、201km以上を乗車する場合、区域内は同一運賃とする制度です。
これも、窓口発券の時代には、発券時のきっぷの種類を減らす意味がありました。
たとえば、「東京→大阪」「新宿→天王寺」「渋谷→鶴橋」といったきっぷを、窓口での発券時に毎回、運賃を計算して、作成するのは面倒です。そのため、「東京都区内→大阪市内」という印刷済みのきっぷを用意して、全てそれで済ませていたのです。
機械発券(マルス)の時代になっても、「東京都区内→大阪市内」の1種類のきっぷに集約した方が、係員の発券時の負荷は減ります。そうした事情もあって、これまで特定都区市内駅の制度が存続してきたようです。
しかし、オンライン発券では、実際の利用区間に応じたきっぷを発売することが容易です。制度導入時の課題が解消しているのであれば、廃止されてもおかしくはありません。
特定都区市内駅制度廃止の課題
とはいえ、いまでも窓口での発券は少なくありません。窓口では、きっぷの区間を集約したほうが扱いやすいという側面は残っています。
利用者からみても、都区内や市内といった形で大くくりにしてくれたほうが、当日の細かい予定を考慮せずに購入できますので、便利という考え方もあります。
また、特定都区市内駅制度を完全に廃止してしまうと、きっぷ発券時に、山手線内や大阪環状線内なども含めたルートを、厳密に指定しなければならなくなります。
こうした課題は解決が可能ですが、往復・連続乗車券の廃止のようなシンプルな話でもなさそうです。したがって、特定都区市内駅制度は、まだしばらくの間、生き残るかも知れません。
途中下車制度は?
国鉄時代からの制度でいえば、途中下車についても、存廃の検討対象になっていることでしょう。101km以上の乗車券で、途中駅の改札口を出られるルールです。
特急券は途中下車前途無効ですから、それにあわせて、乗車券も改札口を出た場合は前途無効というルールにした方が、運用上はシンプルです。
「途中下車する場合は、特急券と乗車券は分けて買う方がトク」といった扱いもなくなりますので、きっぷの知識の有無にかかわらず、すべての客に平等なルールとなります。
途中下車だけを廃止できない?
しかし、途中下車制度は、乗車券の有効日数と密接に関係しています。
乗車券の有効日数は距離に応じて設定されていて、たとえば東京~大阪間なら4日間です。この「4日間」という有効日数は、途中下車制度を前提としています。途中下車ができなければ、乗車券の有効日数が4日間あっても、実質的に1日間しか使えないからです。
東京~大阪間なら1日で移動できますので、途中下車制度を廃止しても、4日間のうち任意の1日で使うという運用も可能でしょう。
しかし、たとえば稚内~鹿児島間は、1日では移動できません。最長片道きっぷなら、何日かかるか不明です。これらのきっぷでは、途中下車をしない限り、券面の旅をすることはできません。したがって、こうしたきっぷを現に発売している限り、途中下車制度は廃止できません。
つまり、途中下車制度の存廃については、乗車券の設定距離や有効期間と合わせて議論しなければならず、現在の乗車券ルールの原則を維持したまま、途中下車制度だけをなくすことはできないのです。
ただ、乗車券の距離に応じた有効日数を変更することは可能でしょう。たとえば600km以内の乗車券の有効日数を1日間にして、実質的に東京~大阪間で途中下車をできなくするといった形です。
実際、JR東日本では、大都市近郊区間の拡大という方法で、途中下車できるエリアを狭めています。大都市近郊区間内では、きっぷの有効期間は当日限りで、途中下車前途無効と定められているからです。
IC乗車の課題
JR東日本が大都市近郊区間を拡大した理由は、Suicaで利用できるエリアを拡大するためです。途中下車の問題は、Suicaを始めとしたIC乗車の拡充とも絡んでいます。
SuicaなどのIC乗車券で、事前にきっぷを買わずに乗車した場合、途中下車はできません。改札口を出た際に、目的地に着いたのか、途中下車なのか、ICカードでは判別できないので、一律で、目的地についたとみなすほかないからです。
大都市近郊区間は、最短経路で運賃を計算するルールになっています。途中下車ができないだけでなく、経路も問わないため、IC乗車に適したルールです。そうした事情で、JR東日本は、Suicaエリアと大都市近郊区間を重ねてきたのです。
JR東日本では、Suicaシステムのクラウド化をすすめており、あわせて、IC乗車エリアの拡大を予定しています。異なるエリア間での利用も可能になる見通しです。
将来的に、JR各社をまたいで、事前のきっぷの購入なしにIC乗車できるようにするならば、全区間で大都市近郊区間のような扱いにしなければならなくなります。すると、途中下車ができなくなります。
こうした状況を考えると、途中下車のルール改正は、将来のICカードのクラウド化を見据えて、乗車券の有効期間や販売距離なども含めて議論する必要がありそうです。つまり往復・連続乗車券のように、簡単に廃止できるものではなく、当面は存続するのではないでしょうか。
学割、ジパング倶楽部はネット対応へ
国鉄時代から続く制度としては、学生割引もあります。学割については、今回の発表にあわせ、取り扱いを変更する方針が示されました。
どう変更するかの具体的な内容は未発表ですが、これも、オンライン販売に対応する形になるのでしょう。
現在の「学割証」を使ったしくみは、窓口の係員の確認を要するため、オンライン販売には適していません。それを解消するために、たとえば学生のみのIDを発行するといった形で、システム上で資格を確認する仕様になりそうです。
同様に、ジパング倶楽部も、ネット販売に対応する形になるようです。ジパング割引は、いわばシニア割です。つまり、学割とシニア割は、いずれも存続することが明確になりました。
本州3社運賃は崩れるか
当面の運賃改定にかかわるスケジュールとしては、2025年春に、JR西日本、JR九州、JR北海道が運賃値上げを実施します。JR西日本は京阪神都市圏のみの見直しで、JR九州とJR北海道は全面改定です。
2026年春には、JR東日本が運賃改定を予定しています。JR東日本の改定内容は未発表ですが、国交省が鉄道運賃の収入原価算定要領を改定したことを受けて、全面的な価格改定に踏み切るようです。
現在、本州3社の幹線運賃は同額です。国鉄時代以来、JRの「基本運賃」として機能してきましたが、JR東日本が改定すれば、基本運賃の3社横並びが崩れます。
いまのところ、JR東海、JR西日本は、幹線運賃改定の構えを見せておらず、JR東日本が値上げするのならば、単独改定になりそうです。
国鉄時代からの制度変更という点でみれば、JR3社の基本運賃の横並びが崩れるかは、大きな注目点といえます。
通算運賃は止められるのか
そのほか、JRの運賃制度の課題としては、JR6社の「通算運賃」が挙げられます。JR6社をまたいで乗る場合、会社の境界で運賃を打ち切らず計算するしくみで、長距離旅客に有利な制度です。
これについては、国鉄改革の経緯があり、変更は容易ではありません。
国鉄分割民営化後、JR本州3社の上場に際し、国交省は「新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」を告示しました。2001年のことです。
そのなかで、「旅客会社の営業路線をまたがって乗車する旅客の運賃及び料金を定める場合」に、「旅客が乗車する全区間の距離を基礎として運賃及び料金を計算」することが明記されています。
つまり、JR各社に対し、通算運賃の維持を、明確に求めているわけです。
この告示では、「旅客が乗車する全区間の距離に応じて運賃を逓減させること」も記されています。これは、遠距離逓減制の維持を意味します。
国交省告示は現在も効力を保っています。したがって、通算運賃と遠距離逓減制の厳守は大前提となっています。これを変更することは、当面、あり得ないでしょう。
通算運賃の課題
通算運賃は、JRの運賃・料金制度を複雑にしている側面があります。乗車券と特急券の乗車区間が異なる場合、別々に発券しなければならないからです。
新幹線や特急の価格をシンプルにするには、乗車券と特急券を合わせた値段を、乗車区間ごとに決めてしまうことが有効です。特急券と乗車券をセットで販売し、運賃も料金も打ち切り計算にして、途中下車も特定都区市内駅制度も適用しないルールにすれば、大変わかりやすいです。
いわば「列車ごとの運賃・料金」です。海外では一般的です。
実際、EXサービスや、新幹線eチケットといったチケットレス乗車システムでは、事実上、このルールに移行しています。これを紙のきっぷにも適用し、新幹線・特急はすべてこのしくみで販売すれば、運賃・料金体系はかなりシンプルになり、ネットの操作もわかりやすくなります。
しかし、新幹線・特急区間とそれ以外の区間(普通・快速)の運賃を全面的に分離すると、国交省の告示(通算運賃の維持)に反することになりそうです。したがって、紙のきっぷで新幹線・特急と普通・快速の運賃を完全分離するのは難しいでしょう。
現在のEXサービスのような、部分的な導入にとどまりそうです。
グランドビジョンが見えず
国鉄分割民営化から40年近くが経過し、時代が大きく変化してきたなかで、運賃制度を変更するのはやむを得ないことです。
ただ、気になるのは、小手先の制度改定ばかりが目に付き、将来的にJRの運賃をどうしていくのかという、グランドビジョンが見えないことです。
そもそも、通算運賃と遠距離逓減制という、根本部分の変更が不可能ならば、運賃制度をシンプルにするにも限界があるように思えます。
鉄道のあり方や運賃に関する議論は、この数年、国交省で盛んにおこなわれていますが、国鉄改革の枠組みにかかわる部分には、手を付けられていません。
高度成長期までに定められたルールを、いつまでも維持するのは難しい気もします。そろそろ国鉄改革の「総決算」に取り組んで、抜本的に見直してみてもいいのではないでしょうか。(鎌倉淳)