北陸新幹線の敦賀~新大阪間の建設費が4兆円規模に膨らむ見通しであることが明らかになりました。費用便益比(B/C)は1を大きく割り込みそうです。15年とされた工期も10年ほど延長になる見込みですが、押し通せるのでしょうか。
ルート決定時の倍額に
北陸新幹線は高崎~敦賀間が開業済みで、残る未開業区間である敦賀~新大阪間について、環境影響評価を実施中です。
敦賀~新大阪間は、「小浜・京都ルート」で建設することが2016年に決定。当時の建設費は約2.1兆円と見積もられました。
これに対し、朝日新聞は2024年7月18日付で、建設費が約3.9兆円に膨らむと報じました。他紙も「約4兆円」などと追随して報じており、事業費の見積もりが4兆円規模に達することは間違いないようです。
京都・小浜ルートの距離は約143km。事業費が4兆円となれば、キロあたり単価は約280億円です。北陸新幹線の金沢~敦賀間が約146億円なので、ほぼ倍となります。
高額と言えば高額ですが、近年の資材費・人件費の高騰や、京都・大阪という大都市を貫く新線という条件をかんがみれば、それほど驚きはありません。
費用便益比が1を下回り
とはいえ、事業費が当初予定の倍に膨らむと、費用便益比(B/C)は減少します。朝日新聞によると、B/Cは0.5程度に落ち込むとのこと。新幹線の着工5条件には「投資効果」として、B/Cが1以上であることが定められているので、このままでは北陸新幹線の新大阪延伸は着手できません。
これについて、朝日新聞は、「費用対効果の算出方法を改め、ここ数十年の低金利を踏まえて、将来の費用と効果の価値を計算する『金利』を引き下げたり、従来は織り込んでいなかった地域のにぎわいなどの経済効果を加えたりする方針」であるとし、「変更した計算方法で費用対効果を試算しなおして、公表する考え」と報じています。
社会的割引率を引き下げ
ここでいう「費用対効果」とは、費用便益比(B/C)を指します。また、「金利」とは、費用便益比を計算するうえでの「社会的割引率」を指しているとみられます。
社会的割引率とは「同じ財の現在と将来の交換比率」で、鉄道新線の事業評価では、年4%の割合で将来価値を現在価値に割り引いています。
朝日新聞記事の意味するところは、北陸新幹線延伸で、社会的割引率を4%以下に引き下げて計算しなおす方針ということです。費用便益比の計算において、社会的割引率の影響は非常に大きいので、引き下げると、結果となるB/C値を大きく底上げする効果があります。
たとえば、2020年に公表された奥羽・羽越新幹線計画の費用便益比は0.63と算出されましたが、社会的割引率を2%にすれば1.01になると試算されています。社会的割引率を半分にしたら、費用便益比が1.6倍になったわけです。
マニュアル改訂のタイミングで
鉄道新線の費用便益比の算出方法は、国交省が定める『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル』に定められていて、事業ごとに恣意的に計算方法を変えることは許されません。
しかし、『評価手法マニュアル』の最新版は2012年で、古くなっていることから、現在、改訂に向けて検討が行われています。
改訂のための検討委員会は2022年から開かれていて、社会的割引率の引き下げは検討のテーマに含まれています。つまり、社会的割引率を何らかの形で見直すことは既定路線です。鉄道事業の評価に限った話でもなく、公共事業全体で、社会的割引率の見直しが検討されています。
したがって、北陸新幹線の帳尻合わせのために、にわかにB/Cの算出方法を変更するという話ではありません。「従来は織り込んでいなかった地域のにぎわいなどの経済効果」を便益に加えて計算することも、すでに検討委員会で議論されています。
新評価手法を取り入れて
北陸新幹線新大阪延伸については、おそらく、『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル』の改訂内容を取り入れて、新評価手法に基づいて試算をしなおす、という手順を踏むのでしょう。結果として、費用便益比は1を超えて、事業続行となる形に収めるとみられます。
ただ、そうした手法をとってしまうと、北陸新幹線だけを例外とするわけにはいきません。B/Cの壁を乗り越えられずに事業化が進まない鉄道新線計画は各地にあり、そうした新線計画も認めなければならなくなってしまいます。
それを避けるため、北陸新幹線を特例的に扱う形にすると、我田引鉄の誹りを免れなくなります。金利上昇局面を迎えたこのタイミングで社会的割引率を下げることへの違和感もぬぐえません。
『評価手法マニュアル』改訂検討委員会のとりまとめは遅れています。2023年12月の会合で、いったんはとりまとめの方向性を示したのですが、現在、その資料は国土交通省のウェブサイトから消えています。近年の急激なインフレを踏まえ、再検討をしているのかもしれません。
「新京都駅」も想定か
これだけ建設費が高騰すると、費用削減策も議論されることになるでしょう。
その点で注目されるのは、京都駅の位置です。読売新聞2024年7月18日付は、京都駅の位置として、現駅地下の南北、東西に設置する案とあわせて、桂川駅に隣接する場所に設置する案があることを報じました。桂川駅を「新京都駅」にする案です。
桂川駅は京都駅から約5km離れていて、市街地中心部を通らなくて済むため建設費は安くなりそうですし、工期の遅れも生じにくそうです。懸念されている伏見の酒造エリアの地下水への影響もなくなります。
一方で、京都駅から2駅も離れた位置に作るとなれば、利便性の低下は避けられません。
4兆円を確保できるのか
費用便益比の問題をクリアし、工事のしやすそうな桂川ルートにしたとしても、やはり4兆円は高額です。財源の確保は難題です。
整備新幹線の建設費は、まず既存新幹線の貸付料を充て、残りの建設費について国が2/3を、地方自治体が1/3を負担するスキームとなっています。
貸付料の金額を急に増やすことはできないので、事業費の絶対額がこれだけ大きくなると、国と自治体の負担額が大きくなりそうです。地方負担分だけでも、相当の巨費になるでしょう。
まったくの仮定ですが、仮に4兆円のうち1兆円を貸付料で賄えたとして、地方の負担額は1兆円です。地方交付税措置で半分程度になったとして5000億円。それを大阪府、京都府、福井県の自治体(府県と市町村)で分担すると、1府県あたり1000億~2000億円規模の実質負担になりそうです。
新幹線建設の直接的恩恵を受ける福井県はともかく、大阪府や京都府で1000億円規模の負担となれば、「不要論」が高まることも予想され、選挙の争点になりかねません。
工期は25年に?
北陸新幹線新大阪延伸は、15年の工期も見込んでいます。しかし、人手不足のため、工期も伸びる見通しです。読売新聞7月19日付は、工期が10年ほど伸びることを報じていて、その通りならば、建設にじつに25年もかかることになります。
事業費が4兆円となれば、予算確保の面からも、工期を伸ばさざるを得ないともいえます。仮に25年かかるとすれば、いますぐ着手しても開業は2050年頃になります。
現実には、まだ環境アセスが完了していないので、開業はもっと遅くなるでしょう。あと30年近くかかるかもしれず、それまで敦賀乗り換えが続くことになります。
米原ルートも実現性乏しく
朝日新聞によれば、国交省は米原ルートの建設費も計算し直し、費用便益比も算出したそうです。建設費は約1兆円、費用便益比は現状のルールで1を上回るとのこと。1兆円でも十分高いですが、4兆円に比べれば、まだ現実的な金額です。
小浜・京都ルートが桂川駅経由になるのならば、米原ルートで東海道新幹線に直通したら京都駅を通れるので、その点でも優位性が生じます。東海道新幹線と北陸新幹線の乗り入れには課題がありますが、解決のための設備投資や技術開発に資金を投入しても、まだ安上がりでしょう。
大都市を通らないため、工事の難易度も格段に低いはずで、工期も短そうです。
しかし、米原ルートとなれば、建設費負担を求められる沿線自治体は滋賀県となります。同県は当初から、費用負担に消極的な姿勢をみせています。運営当事者であるJR東海もJR西日本も米原ルートに否定的です。となると、米原ルートの実現性も高いとはいえません。
北陸新幹線の敦賀乗り換えを、いつまでも放置するわけにはいきません。とはいえ、さすがに4兆円は高額で、25年は長すぎます。かといって米原ルートの実現性も乏しいとなれば、北陸新幹線の新大阪延伸が難しい局面を迎えている印象は免れません。
「4兆円」を押し通して、国の財源をひねり出し、沿線自治体も納得させられるのか。それとも、新たなスキームを作るのか。北陸新幹線新大阪延伸は、まさに正念場を迎えているといえそうです。(鎌倉淳)