東九州新幹線、日豊本線ルートがわずかに有利。調査報告書を読み解く

久大本線ルートの優位性乏しく

大分県が東九州新幹線について新たな調査結果を公表しました。博多~大分間について、日豊本線と久大本線の両ルートについて、検討したものです。

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東九州新幹線調査報告書

東九州新幹線は、福岡市から大分市、宮崎市を経て鹿児島市に至る新幹線計画です。全国新幹線鉄道整備法における基本計画路線と位置づけられていますが、詳細なルートは未決定です。

大分県では、このうち福岡市から大分市に至る区間について、日豊本線と久大本線のどちらのルートで建設するか比較するために、新たな調査をおこないました。その結果が、「東九州新幹線調査報告書」として公表されています。

内容を読み解いていきましょう。

西九州新幹線
画像は西九州新幹線

 
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東九州新幹線のルート

まずはルートです。日豊本線ルートは、博多方面からのスムーズな接続のため、小倉駅東側で分岐し南向きに転じるルートを想定しました。周防灘エリアを通過後、別府市周辺を通って、大分駅に到着します。全長は110kmです。

一方、久大本線ルートは、博多駅から新鳥栖駅を通過後に九州新幹線から分岐することを想定しました。日田・玖珠エリアを通過後、由布市周辺を通って、大分駅に到着します。全長は108kmです。

東九州新幹線日豊本線ルートと久大本線ルート
画像:「東九州新幹線の日豊本線/久大本線ルート(福岡~大分間)の調査について」より

 
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途中駅は2駅

いずれのルートも、途中駅は2駅を想定します。ただし、途中駅の想定位置は公表されていません。

新幹線の駅間距離は30~50kmが一般的です。両ルートは全長110km程度なので、途中2駅は、一般論としては適切な間隔です。その場合、途中駅は日豊本線ルートで中津と別府、久大本線ルートで日田と由布院あたりになりそうです。

ただ、実際に建設するとなると、途中2駅では若干少ない気もします。日豊本線ルートなら行橋、久大本線ルートなら玖珠(豊後森)にも駅が求められるかもしれません。

東九州新幹線の所要時間

想定される所要時間は、日豊本線ルート(小倉~大分)が31分、久大本線ルート(新鳥栖~大分)が32分です。

博多~大分間は、日豊本線ルートが47分、久大本線ルートが46分とほぼ同じです。

新大阪~大分間は日豊本線ルートが156分、久大本線ルートが187分となり、久大本線ルートが30分以上長くなります。

東九州新幹線の所要時間
画像:「東九州新幹線の日豊本線/久大本線ルート(福岡~大分間)の調査について」より

 
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概算事業費と利用者数

概算事業費は、日豊本線ルートが8195億円、久大本線ルートが8339億円と試算されました。

キロ当たり事業費でみると、日豊本線ルートが75億円、久大本線ルートが79億円です。久大本線ルートはトンネルが多く、それが事業費に反映された形です。

東九州新幹線の概算事業費
画像:「東九州新幹線の日豊本線/久大本線ルート(福岡~大分間)の調査について」より

 

1日の利用者数は、日豊本線ルートが23,972人、久大本線ルートが22,163人となりました。在来線からの転移は日豊本線ルートが多い一方、他の交通機関(バスやクルマ)からの転移は久大本線ルートが多いという試算です。

東九州新幹線の利用者数
画像:「東九州新幹線の日豊本線/久大本線ルート(福岡~大分間)の調査について」より

 
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東九州新幹線の費用便益比

費用便益比(B/C)については、社会的割引率4%の場合、日豊本線ルートが0.73%、久大本線ルートが0.71%となり、ともに基準となる「1」を上回りませんでした。

一方、社会的割引率を2%にした場合、日豊本線ルートが1.27、久大本線ルートが1.23となり、「1」を上回ります。

社会的割引率とは、ざっくりいえば、施設の将来価値を現在価値に直すために用いる率のことです。たとえば、今年得られる1億円と10年後に得られる1億円を足して総便益2億円とはならず、割引率を適用して、10年後の価値を現在価値に修正しなければなりません。

国交省の『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル』では、社会的割引率を4%として計算することになっています。しかし、調査報告書では、東九州新幹線に「割引率2%」を用いる方針を示し、B/Cが「1」を超えると強調しています。

東九州新幹線の費用便益比
画像:「東九州新幹線の日豊本線/久大本線ルート(福岡~大分間)の調査について」より

 
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社会的割引率2%は妥当なのか?

以上が、「東九州新幹線調査報告書」の概要です。おおざっぱにいえば、日豊本線、久大本線ルートは距離や事業費、需要に大差がなく、したがって、B/Cについてもあまり変わらない数字となっています。

そのB/Cについては、『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル』において、社会的割引率4%で「1」を上回ることが求められています。この調査結果では、日豊本線ルートも久大本線ルートも「1」を下回っていますので、着工の基準を満たしません。

調査報告書では、国交省の『公共事業評価の費用便益分析に関する技術指針』を用い、「社会的割引率は当面4%を適用するが、最新の社会経済情勢を踏まえ、比較のため参考とすべき値を設定してもよいこととされている」とし、2%の数字を強調しました。2%なら、B/Cが「1」を超え、基準を満たします。

若干強引な気もしますが、じつは『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル』も近く改定が予定されていて、『技術指針』に沿った形に変更される見通しです。したがって、「最新の社会経済情勢を踏まえ」2%を参考値とすることじたいは問題なさそうです。

ただ、最近の長期金利は上昇傾向で、さらなる上昇の可能性もあります。「最新の社会経済情勢を踏まえ」た場合、2%が妥当かを現時点で判断することはできません。

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事業費は妥当なのか

妥当性が問われそうなのは、B/Cよりも、概算事業費そのものです。そもそもの話として、110kmの新幹線を8,000億円あまりで本当に作れるのかという話です。

調査報告書の概算事業費は、開業済の東北新幹線(八戸~新青森)、九州新幹線(博多~新八代)、北陸新幹線(長野~金沢)、西九州新幹線(武雄温泉~長崎)の4路線の事業費をベースにしています。

しかし、建設中の北陸新幹線(金沢~敦賀)や北海道新幹線(新函館北斗~札幌)は、建設資材や人件費の急騰を受け、事業費が大幅に増えています。たとえば、北陸新幹線(金沢~敦賀)は、114.6kmで1兆6779億円もかかっています。

この現実に即してみれば、東九州新幹線110kmが8,000億円余で作れるというのは、ほとんど夢物語でしょう。そう考えると、概算事業費の試算はかなり甘いと言わざるを得ません。事業費が増えれば、社会的割引率を1%にしても、B/Cが1を超えるのは疑わしい気もします。

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小倉駅のスイッチバックは?

事業費以外で今回の調査報告書で目を引いたのは、日豊本線のルートです。小倉駅の東で分岐し、博多方面から大分方面に直通できる形となっていますが、この場合、新大阪方面から直通運転するには、小倉駅でスイッチバックをする必要が生じます。

平面交差になるのであれば、ダイヤ上の制約にもなります。新大阪~大分間の列車は博多発着の利用者を乗せないため、山陽新幹線区間での乗車率にも影響が出てしまいます。したがって、新大阪~大分の直通列車は、設定されたとしても限られた本数にならざるをえません。

今回の調査では、そのデメリットを踏まえても、博多方面への直通を優先させる想定としているわけで、大分県として福岡方面へのアクセスを重視する姿勢を示したと言えます。

とはいえ、新大阪へ直通しにくい線形の場合、長距離輸送で威力を発揮する新幹線の特性を活かしきれなくなります。したがって、本当に日豊本線ルートで作るとなると、この点は議論になるでしょう。

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どちらのルートが有利か

ということで、全体をみてみても、今回の報告書だけで、「どちらのルートが有利か」をにわかに判断することはできません。

強いて言えば、事業費がわずかに安く、B/Cもわずかに高い日豊本線ルートが、久大本線ルートを上回っています。

新大阪~大分間の列車がスイッチバックというのは難がありますが、博多を経由しない分、所要時間が短いのはメリットです。となると、それほど大きな問題にならない可能性もあるでしょう。

東九州新幹線の久大本線ルートは、最近急浮上した構想です。新大阪方面に直通しやすい、観光需要の高いエリアを通る、JR九州が全線を運用できる、といったメリットもありますが、今回の報告書を見る限りでは、日豊本線ルートに対して優位性を示すには至りませんでした。(鎌倉淳)

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