富士山登山鉄道構想の検討に関する中間報告書と技術課題調査検討結果が公表されました。車両に求めるスペックが厳しすぎて、実現へのハードルは高そうです。
五合目までのLRT計画
富士山登山鉄道は、富士スバルラインの道路を軌道化し、山麓~吉田口五合目間でLRTを敷設する計画です。
山梨県はその事業化に向けた中間報告書と技術課題調査検討結果を公表しました。登山鉄道計画の事業面と技術面に関して調査・検討した結果をとりまとめたものです。
以下で、その概要をみていきましょう。
上下分離で高い採算性
まず、鉄道の敷設・運営に関するスキームについて、中間報告では「上下分離」方式に優位性を認めています。上下分離にもいくつか種類がありますが、鉄道施設を県が保有し、車両・付帯設備を民間が保有したうえで、民間が独立採算で運営する形態について、「より高い採算性の確保が可能」としました。
この方式の場合、年間300万人の利用者があり、設備投資額合計1486億円の想定で、40年間の試算で県も民間も採算がとれるとしています。
収支がゼロになるのは、「利⽤者数・設備投資・営業費⽤の3要素いずれの数値も37%悪化した場合」とし、想定が大きく外れない限り、黒字を確保するという見通しを示しました。
鉄道・周辺事業一体での経済波及効果は40年間運用で累計1兆5600億円にのぼり、延べ12万人以上の雇用効果を見込めるとしました。
軌道と車両に関する課題
技術的な課題については、軌道に関するものと、車両に関するものに大別できます。
軌道に関しては、以下のような課題が挙げられました。
• 自動車が乗り入れられる軌道構造にしなければならない。
• 平均52パーミル、最高88パーミルの急勾配がある。
• 最小曲線半径27.5mをはじめとする急カーブが複数存在する。
• 玄武岩質の火山性地盤の上を通過する。
• 冬季はマイナズ20度以下になるため、降雪・凍結への対応が必要である。
車両に関しては、以下のような課題が挙げられました。
• 景観などへの配慮で架線レス車両が望ましい。
• 低床形車両の適用性。
• 急勾配を登坂できる能力が必要である。
• 急勾配を降坂できる制動性能が必要である。
• マイナス20度でも安全を確保できる走行能力が必要である。
これらの課題のひとつひとつに詳細な検討が必要になります。
急勾配に対応できるか
課題に対する検討内容は多岐にわたりますが、興味深い点を中心に、いくつか例をあげてみてみましょう。
まず急勾配や急曲線に関しては、車両メーカーへヒアリングした結果、次のような回答が得られています。
• 日本におけるLRTの縦断勾配の最大値は60パーミル(宇都宮)であり、60パーミル以上の勾配については実車での試験が必要。
• 急勾配の登坂時(救援運転含む)を考慮した大容量のインバータ・モータの搭載が必要。
• 平均52パーミルの下り勾配を24.1km走行することに対応するブレーキ方式について慎重な検討が必要。急勾配の降坂時に備え、ブレーキシステムの確保や、回生失効に備えた対策が必要。
• 急勾配と急曲線競合の場合は、急勾配対策を前提に、走行可能な急曲線の諸元を検討し、その急曲線の諸元や車両性能の妥当性を確認する実車走行試験が必要。
• 単車(単編成)での走行のほか、救援に関しても試験は必要。
• 曲線通過では速度に依存し、乗り上がり脱線あるいは転覆脱線などの危険性があることから、車両走行時の車輪とレール間に作用する輪重・横圧の測定試験などでの確認において走行速度を決めるなど慎重な対応が必要。
急勾配に関しては、88パーミルであっても「粘着係数の観点においては増粘着材散布などにより車両走行は可能」としているものの、「急曲線と急勾配の競合部分があるため脱線リスクが高く、別途詳細な検討が必要」「冬季の走行性については別途検討が必要」などと、課題を指摘しています。
これらの指摘を一瞥するだけで、富士スバルラインに列車を走らせるのが、簡単でないことが察せられます。
調査結果では、こうした課題に対する方針として「車両開発では、実車での試験が必要であり、このための急勾配・急曲線などの制約条件を整理する必要がある」とまとめています。
厳しい気象条件
厳しい気象条件については、雪、凍結、強風、落雷など富士山ならではの厳しい気象条件に対する懸念が車両メーカーから示されました。
これに対し、調査結果では、「当該気象条件に対応するためには、新たな車両電気品の設計が必要」「脱線防止の観点からレール面の凍結の対応が不可欠」「厳しい気象条件下で、車体・台車・機器類に対し、どこまで配慮が必要かを整理する必要がある」などとまとめています。
架線レスは実現できるか
富士山登山鉄道では、景観上の理由などから架線レスを目標に掲げています。架線レスといえば蓄電池車両が思い浮かびますが、調査では「架線レス」の定義を広く取り、バッテリーや燃料電池、キャパシタといった車載電源のほか、第三軌条、地表集電も検討対象に加えています。
蓄電池車両については、車両メーカーから、登坂力や制動力にくわえ重量増を懸念する意見が相次ぎました。
「急勾配の登坂に見合った登坂力確保と、(異常時を含めた)降坂時のブレーキ力確保(機械、電気)が必要」というものや、「車両性能を確保する機器を搭載した場合、車両重量への影響」も考慮する必要があるといった内容です。
さらに、「気象や地形を考慮した給電システムおよび電池の開発が必要」「それらの機器搭載スペースも考慮が必要」といった指摘もありました。
要するに、蓄電池のみでの運行は困難ではないか、ということです。そのため、中間報告では「早期実装を進める観点では第三軌条集電方式が実績があり優位性がある」とまとめています。
第三軌条の問題点
ただし、第三軌条にも課題があります。そもそも、富士山登山鉄道は、道路と併用するLRTとして計画されています。軌道上を緊急車両などが走るため、第三軌条を道路中央に配置するわけにはいきません。
この問題については、技術調査では「第三軌条は道路の外側に、可能な限り道路中心から離して設置する」としています。
「第三軌条を設置できる最小の道路幅員は6,400mm程度、すなわち道路中心から3,200mm」で、第三軌条をその内側400mmに設置すると、「自動車の走行可能な道路幅は道路中心から最小で2,800mm」になると説明しています。
自動車走行が可能な幅は片側2.8m程度ということです。高速道路の車線幅は3.5m程度なので、その8割ほどの車線幅です。これは片側ですので、2.8mを2車線分とることができ、計5.6mとなるようですが、道路幅として広いとはいえません。
バッテリー併用に
第三軌条にしてしまうと、接触の危険を避けるため、道路上を通行人が渡れなくなります。地下鉄など、既存の第三軌条鉄道は完全立体化が原則です。
しかし、富士山登山鉄道で大規模な工事をともなう完全立体化は不可能でしょう。とはいえ全区間で通行人の横断不可とするわけにもいきませんので、ところどころに渡れる場所を確保しなければなりません。
そうした横断箇所には軌条を設置できません。急カーブでも軌条の設置が難しいです。
さらに、「雪やなだれ等の影響があるなか第三軌条方式を採用した場合、安定給電や安全性の観点で充分な配慮が必要になる」といった指摘もあります。
そのため、中間報告では第三軌条について、「全線での施工は行わず、一部バッテリーでの走行を視野に入れる」としています。第三軌条方式にバッテリーを併用する形です。
ただし、技術調査では「バッテリーや第三軌条やこれらの組合せによりシステムを構築した場合、艤装機器類が増える方向となる」とも指摘しています。
そして、車両タイプについては、車載装置の艤装のため、低床型を導入することは困難であるという結論になっています。現時点で技術的に成立の可能性があるのは、床下に各種機器を積載する「普通型」に限られるということです。
開発に10年?
ここまでまとめると、富士山登山鉄道には、第三軌条とバッテリーを併用したLRT車両が必要となります。その車両は、高い登坂力と強い制動力を兼ね備え、耐寒・耐風・耐雪性能に優れていなければなりません。
そんな車両は日本に存在しませんので、新規開発が必要です。その開発期間について、車両メーカーの回答は、「通常の新形式車両製作工程は、設計から納車まで4年程度。これに加えて開発を伴うものであれば、設計着手前に開発期間(数年程度)が必要。さらに定置検証だけでなく、フィールド検証が必要となれば、+αの期間を要す」という内容でした。
開発にはトータルで10年程度はかかり、実験線も必要になる、ということです。
費用については、「技術的な懸念要素が多く、車両成立の見通しが立っていないため、開発期間や見積の積算はできない」という厳しい回答がメーカー側から示されました。「各機器においては試験においてトライ&エラーでの仕様確立をしていくものと考え、車両以外の期間や費用も要する」といった回答もありました。
技術調査では、車両の開発費用について、10~40億円の範囲と見積もっています。開発期間は10年程度は必要という見解を示したうえで、「より短い期間での開発も可能」という意見も紹介し、「相応の開発時間を要する」と記すにとどめています。
仮想ダイヤも示す
運行上についても数多くの課題が指摘されています。そのなかで、興味深い資料として、仮想ダイヤが示されています。
以下は複線における仮想ダイヤです。
中間4駅の停車時間を30秒、運転間隔を6分と見積もっています。下りと上りではダイヤの角度が異なり、山麓から五合目駅に向かう上りは52分、五合目から山麓駅への下りは74分の所要時間となっています。
6分運転間隔の運行で一日10時間運転すると仮定した場合、一日あたりの輸送量は、2両編成(定員120人)で100往復なので、12,000人となります。
その場合、全体で21編成、予備を含めて24編成(48両)が必要としています。
富士山登山鉄道の概算事業費は、1,400億円と見積もられています。技術調査では、この数字を「妥当」としています。内訳は下図の通りです。
そう簡単ではない
以上が、中間報告と技術課題調査検討結果の概要です。本編は100ページ以上あり、他に紹介したい内容もありますが、長くなりすぎるので、この程度にとどめておきます。
ひとことでまとめるなら、「架線レスLRT」を富士山に導入するのは、そう簡単ではない、ということです。当初想定された「蓄電池車両」はまず不可能で、第三軌条にバッテリーを組み合わせて十分な電力を確保し、登坂力・制動力に優れた高性能車両を投入して、増粘着材を散布しながら走らせなければなりません。
その軌道は火山性地盤に敷設し、しかも第三軌条という形で、道路脇に配電設備を設置します。緊急車両などが道路上を走行可能とはいうものの、現状より走行空間は狭くなります。
ハードルは高い
筆者なりの見解を示しておくと、大きな懸念点は、まったく新しい車両開発を前提とした新線計画である、ということでしょう。現時点で存在しない車両を前提にした新線計画は危ういものです。近年では、フリーゲージトレインという失敗例もあります。
もちろん、登山鉄道は、実現できれば環境的、観光的な貢献は大きく、技術的に可能ならば、追求する価値はあるでしょう。
とはいえ、中間報告や技術検証を読んだ限りの印象として、車両に対する要求スペックが厳しすぎて、富士山登山鉄道実現のハードルは高いというほかありません。(鎌倉淳)
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5章 地方鉄道の未来
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