ローカル線切り離しに新基準。「地域モビリティ検討会」国交省の論点整理を読み解く

輸送密度以外も考慮

国交省がローカル鉄道路線の見直しを検討する会議で、論点を整理しました。公表された資料を読み解くと、国交省が考える「ローカル線問題の着地点」が見えてきそうです。

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第3回地域モビリティ検討会

国土交通省は、ローカル鉄道路線の見直し方を検討するため、「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」(以下、地域モビリティ検討会)を開催しています。

その第3回会合が2022年4月18日に開催され、「論点整理」の資料が公表されました。とりまとめへ向けた叩き台ですが、これを読むと、国交省がローカル線問題にどう対処していく方針なのかが見えてきます。中身を読み解いていきましょう。

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ローカル線の課題

検討会でまとめられた論点は、大きく分けて4つあります。「ローカル線の現状と課題」「鉄道会社と沿線自治体が果たすべき役割」「鉄道特性の考え方」「鉄道会社と地域が協議をするための課題」です。

最初の論点から見ていきましょう。「ローカル線の現状と課題」についてです。

検討会資料では、大前提として、「沿線の人口減少、道路整備の進展、マイカーへの転移等により、ローカル鉄道の利用状況は構造的に悪化傾向にある」と指摘しています。そこにコロナ禍が加わり、鉄道利用の状況は元には戻らないことを想定します。

その前提で、「鉄道事業者の経営支援という観点ではなく、利用者の視点に立ち地域公共交通の利便性・持続性を回復させるために、ローカル鉄道のあり方を見直す必要があるのではないか」と問題提起しています。

端的にいえば、「ローカル線の利用者増は見込めないけれど、政府は欠損補助をしないので、公共交通の利便性を回復する方法を地域で考えてください」と、論点を提示しているわけです。

注目しなければならないのは、「回復」させるのは「鉄道の利便性」ではなく、「公共交通の利便性」であることです。利便性をもたらすのは鉄道でなくても構わないということです。

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鉄道会社の役割

次の論点は、「鉄道会社と沿線自治体が果たすべき役割」です。

まず、鉄道会社に対しては、交通政策基本法を根拠に「業務に係る正確かつ適切な情報の提供に努めることが規定されている」とし、情報公開を求めました。

具体的には、「利用・収支状況といったデータの積極的な開示」や、「徹底したコスト削減策・利用促進策等の経営努力」を明示したうえで、「利便性・持続性向上策に係る費用負担の議論」を行い、「地域の足の継続的な確保のため(中略)前向きな議論を行う姿勢を示す必要がある」という意見を付しています。

さらに「他モードに転換する場合も、鉄道会社として地域にコミットして、運行を継続するべき」という意見も付け加えました。

要するに、情報公開をした上で地元自治体と議論し、バス転換した場合でも運行に関わる姿勢を示しなさい、というわけです。

地方自治体の役割

地方自治体に対しても、交通政策基本法を根拠とし、「諸条件に応じた施策を策定し実施する責務を有する」とし、責任感の保持を求めました。

ローカル線に関する問題について「自分ごと」として捉え、「鉄道事業者と危機認識を共有し、協働しながら(中略)地域公共交通を再構築していく取組を行うこと」を求めています。

さらに、「将来世代の負担者にとって納得がいくよう、ノスタルジーではなくコスト意識」を持つことも求めました。

意見として「利用促進はイベントなど一過性のものでは効果が薄く、ライフスタイルや都市構造を変えるなど恒常的に利用者を確保するための方策を検討する必要がある」という指摘も付されました。

要するに、自治体に対しては、鉄道会社と協議して持続的な公共交通網を作りなさい、と求めたわけです。

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鉄道特性とは何か

3つめの論点は、鉄道特性です。地域公共交通が鉄道でなければならないという理由はあるのかという、問いかけと言い換えてもいいでしょう。

鉄道の特性として真っ先に挙げられるのが、大量輸送が可能で、定時性・速達性に優れているという点。輸送量が大きい場合は環境負荷が低いといった長所もあります。

さらに、「路線が固定されているため外国人観光客など域外の来訪者にも分かりやすい」「車内空間に余裕があって動きやすく快適である」といった、集客面での優位性も示しました。

災害時には、「道路交通に対する交通・物流ネットワークのリダンダンシー機能」も有します。

検討会では、鉄道特性をこのように定義しました。

鉄道存続の新基準

論点整理で「鉄道特性」を定義する理由は、それが発揮される区間においては、鉄道を維持する根拠になるからです。すなわち、鉄道ローカル線の維持が求められるのは「鉄道特性があり、鉄道の維持・存続を図るべき、と判断された場合」と規定しました。

要するに、鉄道を残すのは鉄道特性が発揮される場合である、という条件を設定したわけです。国鉄分割民営化時の特定地方交通線では、鉄道存廃の判断基準は輸送密度でしたが、今回の論点整理で「鉄道特性」という新たな基準を提案したことになります。

といっても、大量輸送が鉄道特性の最たるものである以上、輸送密度が最も大きな判断材料であることに変わりありません。それを前提にしながらも、「一定の輸送密度以下は一律に鉄道特性がない、という見方は適当ではない」という意見を付していますので、それ以外の条件を考慮するのが「鉄道特性」という新基準といえそうです。

参考資料をみると、輸送密度が低くても鉄道特性がある場合として、「優等列車が走行するなど、全国ネットワークの一部として拠点間輸送を担っており、他モードと比較して輸送力・速達性・定時性等の点で十分な競争力を有している」「鉄道貨物輸送のルートとして全国ネットワークの一部を担っている」「バス等への置き換えが難しい」などが例示されています。

さらに、クロスセクター効果として、「鉄道が廃止され代替交通手段に置き換わった場合に、観光等の地域経済活動、まちづくり、教育、医療、福祉等にマイナスの影響がある」場合には、鉄道特性があると判断されることもあります。

つまり、これらの条件を満たす路線は、輸送密度が低くても「鉄道特性がある」と判断され、廃止を免れるわけです。

この条件はとても重要で、今後、ローカル線存続の判断基準とされる可能性があります。

地域モビリティ検討会資料
画像:第3回鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会 補足説明資料
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集中的に投資を

現在、鉄道特性が発揮されていない場合も、それは鉄道会社が投資していないから、という場合もあるでしょう。そのため、「鉄道として活かせる路線は集中的に投資し、そうでないところは違うやり方を考えるようにすべき」という意見も付されました。

「存続を図る場合、利用促進に加えて、鉄道としての利便性・持続性を向上させるための取組を実施。(中略)交通手段としての魅力を高めないと利用者に選ばれない」という指摘です。

これは「幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査」という、国交省の別の調査と関連しそうですが、それについては後述します。

バス転換もすすめる

では、鉄道特性が発揮されていないと判断された場合はどうなるのでしょうか。当然、鉄道を維持する根拠を失うことになります。

「鉄道特性が発揮しにくいと判断された場合は、より利便性・持続性に優れた新たな輸送手段の導入に向けた取組を実施」という、バス転換をすすめる意見が記されました。

簡単にいえば、大量輸送、定時性・速達性といった鉄道特性を活かせる区間にはきちんと投資し、そうでない区間はバス転換を検討せよ、ということです。

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内部補助の問題

では、鉄道特性があると判断されたものの、その維持に費用がかかる場合、誰がその負担をするのでしょうか。

JRでは、鉄道会社が黒字路線の利益で赤字路線をカバーする「内部補助」が行われてきました。JRは国鉄の資産を引き継いだという歴史的経緯があり、黒字路線の利益で赤字路線を維持するというスキームが政府によって定められたからです。

これは平成13年の国土交通省告示として明文化されていて「新会社は、国鉄改革の実施後の輸送需要の動向その他の新たな事情の変化を踏まえて現に営業する路線の適切な維持に努めるものとする。」と表記されています。「既存路線をできる限り維持する」と国交省が約束したわけです。

国土交通省告示第1622号
画像:第3回鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会 補足説明資料

このため、「JRが黒字路線を手放さず、ローカル線だけ切り離す」ことは認められない、という考え方が、とくに地方では根強く残っています。

検討会の意見でも、「新幹線等の収益路線を引き継ぎ、内部留保を多く積み上げてきたJR各社においては、コロナ禍の一時的な減収減益を鉄道路線の廃止・縮小の理由とせず、地域にとって不可欠な交通サービスの維持と利便性向上を図るべきではないか」という声が上がりました。

「新幹線等の黒字路線の運賃を値上げすることによって得た収益を赤字路線に配分するなど、全体ネットワーク維持の方向で資源配分を考えるべき」という、たたみかける意見も記されています。

時効論も

一方で、国鉄改革からすでに30年以上が経過し、事情は変わっている、という意見も当然あります。

「国鉄改革時の路線を内部補助により維持する、というのは、あくまで当時の状況を前提にした想定。それから35年もの月日が経過し、人口減少、少子高齢化、道路整備の進展、マイカーへの転移、都市構造の変化、ライフスタイルの変容等、鉄道を取り巻く環境が大きく変化したにも関わらず、何が何でも内部補助により維持すべき、というのは厳しすぎるのではないか」という意見は、いわば時効論ですが、相応の説得力があります。

「内部補助は効率を達成しないことが理論的には明らか」という反論もありました。

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国鉄再建特措法の考え方

国土交通省の立場としては、国鉄民営化時の約束を反故にするわけにはいきません。さりとて、非常に利用者の少ない路線まで維持することが国民の利益に資するのかと問われれば、疑問が残るところでしょう。

そこで、次のような意見が出てきます。「大量輸送機関としての鉄道特性があるローカル鉄道については、国鉄再建特措法の時の考え方もそうであったように、引き続き、内部補助により事業者が(少なくともJRについては)維持に努めるべきではないのか」

この理屈は巧妙です。国鉄民営化時に鉄道特性がない路線は特定地方交通線として廃止しているため、当時「内部補助をする」と保証した路線は、「鉄道特性がある路線」だけである、という論法です。これが「国鉄再建特措法の時の考え方」の意味でしょう。

したがって、鉄道特性があると判断された路線については、今後も内部補助により残さなければならない、しかし鉄道特性がないと判断された路線については、「国鉄再建特措法の時の考え方」に基づいて内部補助の対象外になった、という理屈です。

この論法なら、国鉄改革時の約束を建前上は守りつつ、利用者の極端に少ない路線に関しては切り離すことができます。「内部補助問題」については、この論法で押し通そうとしているのかもしれません。

端的にいえば、輸送密度の小さいローカル線のうち、「鉄道特性のある路線」(地方幹線、大都市近郊路線、貨物走行路線、バス転換困難路線、クロスセクター効果が高い路線など)に限って、JRの内部補助の対象として残すという方針なのでしょう。地元に負担を求めないのは、こうした路線に限られるということです。

「国鉄再建特措法の時の考え方」を持ち出したのであれば、基準となる輸送密度は特定地方交通線の数字でしょう。つまり、輸送密度4,000人未満のうち、地方幹線や大都市近郊路線、貨物走行路線などを除いた区間は鉄道特性がないと判断され、内部補助から外れる可能性があるということです。

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地方自治体の支援

内部補助の対象から外れた路線は、地方自治体が支援しなければなりません。しかし、地方自治体は財源が乏しく、黒字企業に対する支援に後ろ向きです。

原則論でいえば、「内部補助が可能な営利企業であるJRに対して公費により支援を行うことは、住民や議会に対して説明がつかない」という意見が代表的でしょうか。巨額の黒字を計上している企業に補助はできない、というわけです。

これに対しては、「公共交通は都市機能を支え、教育や福祉、さらには観光振興などの観点でも社会的便益が大きいため、鉄道事業者に負担を押し付けず、受益の観点から一定の支援を行うべきではないか」という反論もあります。

上下分離などの支援については、「単純に赤字だからその一部を負担するというだけではなく、なぜ支援が必要なのか、住民、利用者にとって、どのようなメリットがあるのか、丁寧に説明して理解を得るべき」という意見がありました。

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