近鉄が新型特急で複数集電方式とフリーゲージに挑む。新経営計画は意欲的に

最も楽しみな私鉄に

近鉄が新しい経営計画を発表しました。複数集電方式やフリーゲージトレインの特急車両の開発を明記するなど、意欲的な内容です。近鉄がどう変わるのか、旅行者に関わりの深い内容を中心に見てみましょう。

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新3大プロジェクト

近鉄は、2019年5月14日に新「近鉄グループ経営計画」を公表しました。グループの15年後(2033年度)の目指す姿を定めた長期目標と、その長期目標に基づく最初の5カ年(2019~2023年度)の事業を定めた中期計画を取りまとめたものです。

経営計画のポイントは、万博・IR関連事業、上本町ターミナル事業、伊勢志摩地域の活性化事業を「新3大プロジェクト」として重点戦略と位置づけたことでしょう。それに加え、「沿線強化」「新規事業・事業分野の拡大」「事業エリアの拡大」の3つを基本戦略として、事業を展開していきます。

近鉄新3大プロジェクト
画像:新「近鉄グループ経営計画」より

近鉄線と夢洲を直結

まず、万博・IR関連事業では、夢洲で2025年に開催される万博および、夢洲へ誘致しているIR(統合型リゾート)と、近鉄線を結びつけるのが大きな課題となります。

具体的には、近鉄けいはんな線と大阪メトロ中央線を使って、近鉄線と夢洲を直通列車で結ぶアクセス網の整備を目標に掲げました。

直通経路となるのが、近鉄けいはんな線です。同線は大坂メトロ中央線に乗り入れていて、中央線は夢洲まで延伸することが決まっています。そのため、近鉄けいはんな線から夢洲へは、延伸以外の大きな工事をしなくても直通運転できます。

しかし、けいはんな・中央線の集電は第三軌条方式で、架線方式の近鉄他路線の車両は、いまのままでは乗り入れできません。そのため、近鉄では、複数の集電方式を備える車両を開発します。

近鉄夢洲直通計画
画像:新「近鉄グループ経営計画」より

海外メーカーに開発依頼

経営計画発表の記者会見で、吉田昌功社長は、海外メーカーに車両の開発を依頼したことを明らかにしました。海外では、複数方式集電の車両が実用化されているためでしょう。近鉄仕様の車両開発が実現すれば、複数の集電方式に対応する、日本唯一の現役車両になりそうです。

けいはんな線は、近鉄の他路線と営業用の線路がつながっていないため、生駒駅付近に渡り線を設け、近鉄奈良線と行き来できるようにします。新型車両と渡り線が実現すれば、京都、奈良、伊勢志摩、名古屋などから、夢洲へ直通列車を運転することが可能になります。

近鉄としては、特色・魅力ある車両が夢洲に乗り入れることで、夢洲における近鉄グループのシンボルとすることが目標です。日本唯一の複数集電車両は、「特色・魅力ある車両」となることでしょう。

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観光列車を継続検討

近鉄の看板列車である名阪特急もリニューアルします。2020年春に新型車両を導入し、6両を8編成、8両を3編成の、計72両11編成を新造します。

これまでも、近鉄では観光特急として2013年に「しまかぜ」を、2016年に「青の交響曲」を運行開始しています。今後も、観光列車を継続的に検討し、乗ることが目的となるような観光列車を戦略的に投入していきます。

近鉄特急の充実
画像:新「近鉄グループ経営計画」より

フリーゲージトレイン

大きな課題は、フリーゲージトレイン(軌間可変列車)の開発です。近鉄は、南大阪線系統が1067mm軌間で、他系統の1435mm軌間と異なっています。複数の軌間を直通運転できるように、車輪の左右間隔を自動的に変換する列車がフリーゲージトレインです。

近鉄のフリーゲージトレイン走行が検討されているのは、京都~吉野間です。京都駅から京都線・橿原線を経由し、橿原神宮前駅からレール幅の異なる吉野線を経て、吉野駅まで直通運転することを目指します。首都圏から新幹線でやってきた旅客を、京都駅での一度の乗り換えで吉野まで運ぶわけです。

フリーゲージトレインの開発は、もともとは長崎新幹線への導入を目指したもので、新在直通という国策に沿った事業でした。そうした経緯もあり、近鉄は国土交通省とも相談しながら、鉄道車両メーカー等とともに実用化に向けた検討を進めていく予定です。

近鉄フリーゲージトレイン計画
画像:新「近鉄グループ経営計画」より

上本町再開発

「3大プロジェクト」2つめの上本町のターミナル事業とは、近鉄グループの拠点である上本町周辺の再開発です。交通・観光情報拠点を目指すほか、あべの・天王寺エリアから上本町までを含めた街づくりを推進します。

具体的には、鉄道、バス、タクシーのターミナルと駐車場を一体整備するほか、エアターミナルも検討します。また、高品質の旅客サービスを提供する観光案内サービス拠点も設置します。

さらに、ランドマークとなるシンボリックな建物を建築し、新名所化することも検討します。ラグジュアリーホテル、MICE機能の充実したホテルの整備、都市型エンターテイメント施設の充実なども目指します。

関連して、あべの・天王寺エリアの魅力向上も目指します。2020年までに「あべのハルカス近鉄本店」、「Hoop」、「and」3館のリニューアルを実施します。インバウンド需要の取り込みのさらなる拡大をはかります。

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大和西大寺、桑名駅整備

沿線主要駅では、大和西大寺駅と桑名駅の整備に力を入れます。

大和西大寺駅は、近鉄奈良線、京都線、橿原線が交差する利便性の高い駅で、2021年3月に南北自由通路が完成予定です。自由通路の整備に伴い、駅内部の商業施設も増床します。駅周辺の不動産開発なども含め、主要駅としてさらなる開発を進めます。

近鉄大和西大寺駅リニューアル
画像:新「近鉄グループ経営計画」より

桑名駅は、養老鉄道、三岐鉄道、JR関西線と結節する桑名市の中心駅です。2021年度の供用開始をメドに、東西自由通路とこれに接続する橋上駅舎化工事を施工中です。駅東西の周辺開発についても、力を入れていきます。

近鉄桑名駅リニューアル
画像:新「近鉄グループ経営計画」より

伊勢志摩活性化

3つめの伊勢志摩地域の活性化事業については、同地域の観光戦略を、志摩スペイン村を核として再構築するものです。

デジタル地域通貨、観光地型MaaSの開発とも組み合わせます。

具体的には、「まわりゃんせデジタル化事業」として、鉄道企画乗車券「まわりゃんせ」と、観光施設や飲食店等で利用できるデジタル地域通貨を一体化。伊勢・鳥羽・志摩へのさらなる誘客につなげるとともに、沿線活性化モデルとなる新たな仕組みを構築します。

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インバウンド対応強化

インバウンド旅客への対応も強化します。SNSを通じて沿線の魅力を発信していくほか、AI技術を用いて旅客を適切に目的地へ誘導する実証実験を開始します。

主要駅における外国語スタッフの配置や無料Wi-Fiサービスなども充実していきます。主要な案内サインや自動券売機、列車内や駅構内における案内放送の多言語化も拡充していきます。

ウェスティン都ホテルリニューアル

ホテル事業では、ウェスティン都ホテル京都の大規模リニューアルを実施中です。2020年春のグランドオープンを目指し、京都を代表する高級ホテルへと変身します。2室を1室にするなど、平均客室面積を約35平米から50平米へ拡大。全客室の浴室に独立した洗い場を設置します。

ホテル敷地内で掘削する温泉を活用した約1000平米のスパも新設します。庭園と一体となる半露天風呂やスパ施設内にジムを設置します。

フランス料理を提供するメインダイニングや、京都市街を一望できるビュッフェレストランも新設します。京都を代表する高級ホテルとしての地位を固めそうです。

ウェスティン都ホテルリニューアル
画像:新「近鉄グループ経営計画」より

「都ホテル」を3カテゴリーに

都ホテルは、「都ホテル」 「都シティ」 「都リゾート」の3つのカテゴリーに分類して運営していきます。

「都ホテル」は、都市型フルサービスを提供するホテルとして、従来の都ホテルの伝統を継承します。「都シティ」は、都市型カジュアルサービスホテルとして、宿泊主体の機能的なサービスを提供します。「都リゾート」は、自然や非日常を感じることができるリゾート型フルサービスホテルとして展開します。

サービススタイルの違いを利用者にわかりやすくし、今後の新規展開やリニューアルの基準にします。2019年4月から新たなブランドロゴやホテル名称を使用しています。

今後は、宿泊特化型ホテルの拡充に力を入れ、ゲストハウスなども展開していきます。

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最も楽しみな私鉄に

近鉄を取り巻く事業環境は、沿線人口減少・高齢化が進み、難しい局面にあります。

一方、インバウンドの観光客は増えており、万博とIRは、大きなチャンスです。奈良、京都という国際的観光地を沿線に持つ近鉄は、インバウンドの恩恵を受けやすい鉄道会社であり、観光輸送は今後とも事業の柱となっていくでしょう。

新たな経営計画は、そうした事業環境を背景に、沿線の観光資源を最大限活用しようという意図が見て取れます。とくに、これまでの旅を一変させるような新型特急車両は注目です。2020年代に、最も楽しみな私鉄になるかもしれません。(鎌倉淳)

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