「青春18きっぷ」35年を新聞記事で振り返る(2)。利用者層の拡大と「綴り販売」の廃止

2017年は青春18きっぷが誕生して35周年。これを機に、新聞各紙の35年間の「青春18きっぷ」に関する記事を拾いながら、歴史をたどってみます。

快速「ムーンライト」の充実などで急成長した青春18きっぷは、バブル崩壊後も着実に利用者を増やしていきました。

>>「青春18きっぷ」35年を新聞記事で振り返る(1)の続きです。

広告

高齢者にも利用者が拡大

青春18きっぷは、そのネーミングの通り、若者向けに設計されたきっぷでした。しかし、知名度が上がるにつれ、利用者の年齢層に広がりが出てきます。日経1992年3月5日付では以下のような記載があります。

『現在の利用者は「半数が若者だが、最近はビジネスマンをはじめ、定年退職した男性が妻と一緒に日本を見直す旅をしたいと購入するケースが目立つ」(JR東日本)。若いころ、ゆっくり旅ができなかった高齢者が青春18きっぷで文字通り青春を楽しんでいるのかもしれない。』

当時の「定年退職した男性」は、おおざっぱにいって1930年以前の生まれです。高校に入る頃に終戦を迎えた年代。少し年上なら、徴兵で戦地に立った人もいるでしょう。そうした人が、定年後に普通列車で「青春」を楽しんでいたわけです。

青春18きっぷ1日券

19歳以下は12.5%

1993年2月3日交通新聞では、JR東日本が行ったアンケート結果として、以下のように記しています。

『十代後半が二五%強で最も多く、次いで二十代前半の二〇%強。そのほかはほぼ一〇%前後で、五十代が意外に多い。男女比ではほぼ六-四で男性上位。

職業別では、年齢構成からも学生が多く、男性で半数近く、女性でも四割近くを占める。特徴的なのは女性の二位が主婦の三分の一で、同社では「脱日常生活を図る小さな旅に利用されているようだ」とみている。』

この記事によると、二十代前半までの「若者」が45%を占めていて、青春18きっぷの本来のターゲットである学生が、きっぷの主たる利用者層になっていたことを示しています。一方で、50代以上の高年齢層や、主婦にも利用者が広がっていたわけです。

1993年11月23日付の日経流通新聞でも、同様の趣旨の記事が掲載されました。

『JR東日本のアンケート調査によると熟年層や主婦の利用が少なくない。(JR東日本では)『家庭にこもりがちな主婦層が小旅行に使っているようだ』と分析している』

この記事でも、青春18きっぷは、高齢者にくわえ、主婦層にも利用が拡大しているという見立てをしています。いずれにしろ、1990年代前半に、青春18きっぷは、幅広い年代に浸透したとみていいでしょう。

約10年後の、朝日2001年8月30日付では、購入年齢層の変化を伝えています。

『93年度は19歳以下が22%だったが、99年度には約12.5%に。代わりに50歳以上は約29%から35.8%に伸びた。』

1999年度で、メインターゲットの「アラウンド18」は1割程度になっていたわけです。1990年代に、青春18きっぷの利用者が急速に高齢化していく状況が見て取れます。

割合でいえば、現在はもっと高齢化していることでしょう。

広告

年間60万枚規模へ

JRになってから、青春18きっぷの全体の売上数を報じる記事は少ないのですが、1994年度の売り上げとして、JR東日本で31万枚(毎日1996/04/26)、1995年度のJR西日本で30億円(26万枚相当:毎日1996/07/01)という数字が出ています。

この時期はおおむね全国で60-70万枚程度のようで、1996年の販売数として全国で60万枚という報道があります(朝日1997/03/05)。1990年代に半ばに、現在の販売数に近い数字に到達したといえます。

1989年比ですと、1.3倍に伸びています。1990年代を通じて、青春18きっぷが着実に利用者を増やしてきたことがうかがえます。

ところが、1996年に青春18きっぷに大きな改定が行われます。これによって、愛好家は大きな衝撃を受けました。

青春18きっぷの2日券
1984年春まで発売されていた2日券

「綴り販売廃止」の衝撃

青春18きっぷは、1983年の販売開始当初は1日券3枚と2日券1枚の組み合わせでした。1984年に1日券が5枚綴りという形に変更となり、以後10年以上にわたり定着していました。

この綴り販売では、5枚をばらし、1枚ずつ使うことが可能でした。それが、1996年春から5日券が1枚に変更になったのです。これにより、金券ショップなどでの「ばら売り」ができなくなりました。

これは、愛用者にとっては衝撃的な事件でした。

広告

なぜ「綴り販売」が廃止されたか

毎日新聞1996年4月26日は、「キャンパる」という学生向けの記事で、以下のように解説しています。

『JR東日本に聞くと「制度の基本的な所は同じです。最近は学生さん以外の利用者が増え、正規料金がもらえるはずの人たちが使っている。改訂は本来の利用をお願いするためです」

一方では、こんな事情もある。青春18きっぷを使う場合、日帰り客は少ない。2回旅行して、2往復しても1枚は余る。JRでは払い戻ししないからそれが金券ショップに持ち込まれる。金券ショップでは原価かそれより高く引き取ってくれる。こうしたバラ売りは大学生協でも売られていたという。そんな切符を出張などに利用するサラリーマンが増えたことが改定につながった……。』

利用者層が高齢者や主婦だけでなく、ビジネスマンにまで拡大し、金券ショップでのばら売り扱いが急増しました。その対策として、「綴り販売」の廃止が行われたわけです。利用者層の拡大が、きっぷの「改悪」に繋がってしまったわけで、愛用者には皮肉な話です。

これに対し、当時はちょっとした反対運動も起きたようです。同記事は以下のように続きます。

『これに対し、学生の側から「元のシステムに戻して」との署名運動が行われている。3月から始めた全日本学生自治会総連合(103大学118自治会加盟、約30万人)だ。
(中略)
しかし、JR側は「民営化されて以来、切符は企業の一つの商品になった。運輸省の認可が必要なので、そう簡単には元に戻せません」(JR東日本)とガードは固い。』

この固いガードは今に至るまで守られています。青春18きっぷが、現在も5回分1枚で販売されていることは、みなさんご存じの通りです。

年間売り上げ100万枚突破

綴り販売の廃止の影響かはわかりませんが、この時期に青春18きっぷの販売数は頭打ちになってきたようです。JR東日本のデータでは、1995年に30万の売り上げを記録していたのに、1999年度には26万枚に落ち込んでいます。

ただ、販売数が大きく減ったわけでもなく、1998年にはJR本州3社管内で年間65万枚を売り上げたそうです(朝日1999/07/26)。その後もじわじわと売り上げを伸ばし続け、2006年度には、初めてJR全社で年間売上100万枚を突破します。

結果的に、綴り販売廃止は、青春18きっぷの販売に深刻な影響はもたらしませんでした。(鎌倉淳)

>>「青春18きっぷ」35年を新聞記事で振り返る(3)に続きます。

広告
前の記事「青春18きっぷ」35年を新聞記事で振り返る(1)。「国鉄全線乗り放題きっぷ」はこうして誕生した
次の記事「青春18きっぷ」35年を新聞記事で振り返る(3)。JR西日本はなぜ販売数首位に立ったのか