京都市が市バスの1日乗車券を値上げして、市バス・地下鉄1日乗車券を値下げする方針を固めました。バスの混雑緩和のため、観光客の地下鉄誘導をすすめる目的です。とはいえ、1日乗車券の価格変更は市民にも影響を及ぼします。価格調整だけでなく、観光客向けの新たなきっぷを作る方法も考えてもいいのではないでしょうか。
「市バス・地下鉄乗車券」との価格差縮小
京都市は「市バス・京都バス1日乗車カード」(以下「市バス1日乗車券」)を500円から600円に値上げし、市バス・地下鉄に乗れる「京都観光1日乗車券」を1,200円から900円に値下げする計画を進めています。
外国人観光客の急増で、市バスの混雑が激しくなっていることが理由です。市バス1日乗車券と、地下鉄にも乗れる京都観光1日乗車券の価格差を縮めることで、観光客の地下鉄へのシフトを促します。値上げは2018年3月にも実施される予定です。
地下鉄よりバスが便利
現在の京都市バスの運賃は1回230円。3回乗れば1日乗車券のほうが割安になるため、京都市内のちょっとした所用でも使い勝手が良く、地元住民にも根強い人気を保っています。外国人観光客の急増にともなって利用者はさらに増え、2015年度には614万枚を売り上げました。
一方、京都観光1日乗車券は年間49万枚です。「バスだけなら1日500円、地下鉄付きなら1,200円」という現状は、たしかにバスの安さを引き立たせ、地下鉄利用を控える要因になってきたといえます。地元住民のなかには、外国人観光客のバス利用の多さに辟易しているムードもあるようで、今回の市バス1日乗車券の値上げを強く批判する論調は目立ちません。
ただ、「バスだけなら600円、地下鉄付きなら900円」になったところで、やはり市バス1日乗車券の優位は変わらない、という指摘も根強くあります。その理由として、そもそも京都の観光地へのアクセスは、地下鉄よりも市バスが便利なことがあげられます。
「便利なうえに安い」市バス1日乗車券がある限り、観光客の地下鉄利用は限られた形になるのでは、という考え方です。
鉄道事業者が多すぎて
では、観光客に地下鉄利用を促す、ほかの方法を考えてみましょう。京都市内で旅行者が地下鉄を利用しにくい理由として、地下鉄の路線網が乏しいうえに、他の鉄道事業者との連携が弱いことがよく指摘されます。
京都市内には、地下鉄(京都市営)以外にも、JR、阪急、近鉄、京阪、京福、叡電、嵯峨野観光鉄道といった鉄道事業者が存在します。これらの鉄道に自由に乗れるフリーパスはありません。
最近はICカードを使えば個別にきっぷを買う手間が省けるようになりましたが、好き勝手に乗っていたら、初乗り運賃がかさみます。そのため、観光客は安価で便利な市バスに流れます。たとえば京都駅から四条河原町には、地下鉄と阪急を乗り継げば行けるのに、混雑して渋滞もするけれど、安くて乗り換えのないバスに乗ってしまうわけです。
「歩くまち・京都レールきっぷ」の存在
この課題を解決するには、市営地下鉄だけでなく、京都市内の全ての公共交通に自由に乗降できるフリーパスを開発することでしょう。
このポイントは京都市も認識しており、それに近いきっぷが実験的に販売されています。期間限定で発売される「歩くまち・京都レールきっぷ」で、2017年夏は7月1日から9月30日まで設定されました。
「歩くまち・京都レールきっぷ」は、京都市地下鉄、京都市内のJR西日本、阪急、京阪、京福(嵐電)に乗れるフリーきっぷです。近鉄、叡電、嵯峨野観光鉄道は対象外で、市バスにも乗れませんが、価格は1日1,300円と抑えめです。
「京都フリーきっぷ」が鉄道利用を促す
このきっぷの残念な点は、京都で最も人気のある東山エリアへのアクセスが難しいことです。また、外国人に人気の金閣寺へ行きにくいのも弱点でしょう。そのため、フリー乗車対象に市バス路線も含めないと、このきっぷが観光客に広く浸透するのは難しそうです。
ただ、逆にいえば、「歩くまち・京都レールきっぷ」に、京都市バスを加えたら、京都市の観光エリアを、鉄道とバスを効率よく乗り継いで観光できる最強のフリーパスになりうる、ともいえます。
京都市バスの観光利用を減らすという政策目的があるなら、「歩くまち・京都レールきっぷ」の値段を据え置いたまま、市バスを利用可能とした新しいきっぷを通年で販売することは不可能ではないでしょう。これを「京都フリーきっぷ」と仮称しましょう。
「京都フリーきっぷ」に、たとえば3日券を設定し、2500円くらいの価格できれば、かなりの外国人観光客が、市バス1日券から流れてくるのではないでしょうか。
バスも阪急も京阪も嵐電も自由に乗れるなら、バスだけにこだわる必要はなくなります。つまり、バスをフリーきっぷの利用対象に含めることが、結果的に鉄道利用を促すことになると思います。
あるいは、ツーリスト専用の路線バス(ツーリストバス)を新たに作るという方法もあります。「歩くまち・京都レールきっぷ」が弱い東山エリアや北山エリアを中心に、観光地を巡りやすいようなバス路線を複数設定するのです。
「京都フリーきっぷ」では、鉄道とツーリストバスを利用可能にするいっぽう、市バス1日乗車券はツーリストバスを利用対象から外します。これにより、観光客と地元客を分離することができますし、観光客の利便性も上がるでしょう。ツーリストバスの運転本数を多くすれば、多くの観光客がそちらに流れるに違いありません。
ヨーロッパの「観光パスカード」に学ぶ
ところで、ヨーロッパを旅行したことがある方なら、観光都市では、バスなどのフリー乗車券と観光スポットの入場券がセットになった「観光パスカード」が販売されていることが多いのをご存じだと思います。
イタリアを例に取ると、ローマでは、ローマ市内の公共交通と市内観光施設1~2ヵ所の入館料が含まれた「ローマパス」が販売されています。価格は、72時間(観光施設2ヵ所)が38.5ユーロ、48時間(観光施設1ヵ所)が28ユーロです。
パスを持っていれば割引になる観光施設が多数あり、コロッセオに行ってローマ市内を少し観光すれば、市内交通のフリーきっぷより安くなる仕組みになっています。
フィレンツェの「フィレンツェカード」は、72時間72ユーロと高額ですが、それを買えば市内の多くの観光施設に無料入場できます。市バスの3日券12ユーロとの値段差が激しいですが、施設の入場券の購入の手間が省けるためからか、フィレンツェカードを買う人も多いようです。
一方、「ミラノカード」は、1日券7ユーロと手頃ですが、観光スポットの入場料は含まれておらず、提示による割引にとどまります。しかし、市内交通1日券4.5ユーロとの差が小さいため、観光施設に数カ所、割引入場すれば市内交通1日券よりお得になります。
入場券と乗車券を組み合わせて割引する
こうした観光地割引を組み合わせた「パスカード」は、フリー乗車券の対象を「地元住民」と「旅行者」に分離する効果を持ちます。観光地を一切回らない地元利用者には、利用交通機関を限定したフリー乗車券を安価に提供し、観光地を回る旅行者には、利用交通機関を広く網羅し、観光施設入場券を組み合わせることで、トータルでお得になる仕組みを提供します。
京都の場合、市内の観光施設の多くが宗教法人であるため、入場券をセットにしたフリー乗車券を設定しにくいという事情があります。とはいえ、二条城や京都国立博物館のように公的所有の施設もありますし、企業や一部の宗教法人とはタイアップできるケースもあるでしょう。
そうした施設の入場券や割引券と、公共交通フリー乗車券を組み合わせることで、地元客と観光客のチケット分離を促すことができ、交通機関の負荷も分散されるのではないか、と思います。
すでに議論はされているが
早い話、観光客には、鉄道にもバスにも自由に乗れるパスを持ってもらった方が、旅行者にも地元民にも事業者にもメリットがあるのではないか、ということです。
こうしたことは筆者が指摘するまでもなく、すでに京都市の過去の審議会などでは議論されていると聞きます。それが「歩くまち・京都レールきっぷ」として結実しているわけですが、いまだ十分とはいえません。この数年の外国人観光客の急増を受け、京都の市内交通システムは、より大きな改革を迫られているようにみえます。
「歩くまち・京都レールきっぷ」には、京都鉄道博物館や二条城など、一部観光施設の割引サービスが付いています。
これをベースにして、協力寺院を募るなどして割引対象を広げ、市バスや近鉄、叡電も利用可能な「京都パス」を作ることを、本気で目指していい時期に来ているのではないでしょうか。(鎌倉淳)