九州新幹線長崎ルートの「行き詰まり」をどう解決するか。フリーゲージトレイン開発遅れで、2022年開業は困難に

建設が進められている九州新幹線長崎ルートの2022年度開業が困難になりました。国土交通省が2015年12月4日に記者会見を開き、同新幹線に導入する新型車両フリーゲージトレイン(軌間可変電車、FGT)の開発が大幅に遅れていることを認め、2022年度までの量産化が間に合わないことを明らかにしたためです。

今後は少数編成のみで運用するか、リレー方式などの「暫定開業」を模索するようですが、それで解決できるのでしょうか。

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フリーゲージトレインの新幹線計画

九州新幹線長崎ルートは博多駅~新鳥栖駅~武雄温泉駅~長崎駅を結ぶ路線です。博多~新鳥栖間は既存の九州新幹線を利用し、新鳥栖~武雄温泉間は在来線を利用、武雄温泉~長崎間は新たに建設する新幹線路線を通ります。

線路の軌間の異なる新幹線と在来線を直通する「新在直通」となるため、それを可能とするフリーゲージトレインが新たに開発されています。その開発と量産を2022年度までに終えて、九州新幹線長崎ルートに投入する予定でした。しかし、その計画がうまくいっていません。

フリーゲージトレイン

走行試験は中断

フリーゲージトレインの開発は第三次試験車両までが製造され、2014年10月から営業運転に近い形で新幹線、軌間変換、在来線走行を繰り返す「3モード耐久走行試験」が開始されました。当初の計画では2年半で60万kmを走行し耐久性を確認する予定でしたが、試験開始後わずか1ヶ月で台車の車軸付近に傷が見つかったため、3万kmを走った段階で試験は中断されています。

国土交通省などがこの傷の原因の調査や改善策の検討を行ってきましたが、その結果、車軸に構造的な問題があることがわかり、12月4日に開かれた技術評価委員会に検証結果を報告しました。

それによりますと、原因は時速260kmの高速走行時の振動などで、部品の形状や材質の変更で対応するとのこと。近く対応策の検証試験に入り、車両を改良した上で、順調に進めば2016年度後半にも耐久走行試験を再開するそうです。しかし、これでは2022年度の九州新幹線長崎ルート開業に間に合わなくなります。

車両がないのに「前倒しを努力」とか

フリーゲージトレイン開発は耐久走行試験だけでも2年半かかり、それを終えてから営業車両の設計に入ります。車両の量産に入ってから全車両が揃うには6年が見込まれており、仮に今後トラブルが発生しないと仮定しても、2022年度までに全車両が揃うのは困難です。国土交通省の担当者も、記者会見で「2022年度に量産車両を導入するのは難しい」と明言しました。

九州新幹線長崎ルートにについては、政府・与党の申し合わせで、2022年度より可能な限り前倒しすることが決まっています。車両が揃わなければ前倒しどころではないのですが、国土交通省は「政府・与党の申し合わせに沿う形で努力する方針に変わりはない」としています。

つまり、車両が完成するメドが立っていないのに、「2020年度や2021年度の開業に向けて頑張る」ということです。お役人の立場としてはそう言わざるをえないのでしょうが、こんな無責任な発言が出てくるあたりに、九州新幹線長崎ルート計画の行き詰まりを感じざるを得ません。

「少数編成」で開業できるか

今後、この新幹線計画をどうするのか。各社報道によりますと、検討されているのは2種類のようです。一つは、フリーゲージトレインの営業車両の生産が開始され次第、全車両が揃わなくても、あるだけ投入を開始して開業するという「少数編成開業案」。もう一つが、武雄温泉駅で乗り換える「リレー方式案」です。

山口祥義・佐賀県知事は「フリーゲージによる開通を、安全を確認した上で一日も早く実現してほしい」と述べたうえで、「1両か2両でも間に合うなら、量産化の前でも早く走行してほしい」として、全車両が揃う前の「少数編成開業案」を容認する発言をしました。

とはいえ、少数編成で開業した場合、列車本数は限定されたものとなり、十分な輸送量を確保できるかという疑問があります。また、開業ブームを盛り上げることも難しくなるでしょう。

さらに、フリーゲージトレインの耐久走行試験の再開は、「順調に進んでも」2016年度後半で、さらなる遅れが出る可能性も十分にあります。フリーゲージトレインでの運行にこだわり続ければ、最悪の場合、線路ができても車両が全くできていない、という事態すら起こりえます。過去を振り返れば、フリーゲージトレインの開発は、そのくらい失敗の連続だったからです。

リレー方式なら設計変更が

一方、リレー方式案は、現在の九州新幹線鹿児島ルートで使われている800系のようなフル規格車両を武雄温泉~長崎間のみ走らせ、博多~武雄温泉間は在来線特急を運行し、武雄温泉駅で接続を図るなどというものです。

この方式なら2022年度開業は実現できそうですが、問題もあります。武雄温泉駅を2面4線にして対面接続を図るなどの設計変更が必要になりますし、800系の増備も必要になります。

そうなると、フリーゲージトレイン投入後に武雄温泉駅の設備は無駄になりますし、増備した800系をどうするのか、という問題も生じるでしょう。フリーゲージトレインの量産が開業後数年後にできるなら、いずれも短期間で無用になる無駄な投資になってしまいます。

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全線フル規格化の声も高まる

結局、全線フル規格で作るのが一番いいのではないか、という議論もあります。とくに、新幹線開通でメリットが大きい長崎県では、全線フル規格化を求める声が大きくなっているようです。しかし、その場合は建設のための財源が問題になります。

2015年12月1日の長崎県議会では、中村法道知事が全線フル規格化についての質問に答え、「大きな課題は、相当の整備財源が必要なこと。佐賀県の負担も出てくることを慎重に見極めて対応する必要がある」と述べたそうです。長崎県としては全面フル規格を求めたいが、財政負担は避けたい、という思惑がにじみ出ています。

フル規格で作る場合には、佐世保線肥前山口・武雄温泉間12.8kmの複線化の取り扱いも問題になります。この区間は九州新幹線長崎ルートの在来線区間に該当するために複線化が決定しています。

この複線化事業を行ったあとに新幹線フル規格化を行うと、在来線の複線化を終えたばかりの区間と並行する形でフル規格新幹線を別に作ることになり、まったく無駄な二重投資になってしまいます。そのため、全線フル規格化するなら、佐世保線複線化の着工前に決定しなければなりません。

「スーパー特急方式」に先祖返りは?

全線フル規格化については佐賀県が財源負担に消極的です。全線フル規格化で佐賀県が得るメリットは少ないため、巨額の財政負担に応じる理由が佐賀県にはありません。佐賀県の負担を軽くするには長崎県の負担を重くしなければなりませんが、それについては長崎県が警戒しています。

一番簡単そうなのは武雄温泉~長崎間を狭軌にして「スーパー特急方式」にすることです。もともと、長崎ルートはスーパー特急方式として着工が決まりましたので、計画を元に戻す「先祖返り」をすればいいだけです。

とはいえ、長崎県としては、長い政治運動の末にスーパー特急方式からフル規格にやっとことさ昇格させたわけですから、今さらスーパー特急に戻す案を呑むことはできないでしょう。

問題の先送りでは?

このように、九州新幹線長崎ルート計画は複雑な隘路にはまり込んでしまっているように見えます。国土交通省は、当面、フリーゲージトレイン前提の計画を続けるようですが、開発がうまくいかない場合はどうするのでしょうか。

これまでのフリーゲージトレインの開発経緯をみるにつけ、2年程度の遅れで開発が完了するという見通しはやや楽観的に思えます。さらなる遅れは見込んでおくべきでしょう。

実用化のメドが立っていない技術をアテにした事業計画には不確定要素がつきまといます。フリーゲージトレインの導入を前提にした計画を今後も続けるのであれば、さらなる開発遅れを念頭に入れ、「少数編成開業」か「リレー方式」かのいずれを選択するのかすぐに決める必要があります。「少数編成開業」を採用するなら、開発遅れを勘案して開業年度の後ろ倒しを視野に入れる必要があるでしょう。

フリーゲージトレインの導入を前提としないなら、「全線フル規格化」や「スーパー特急方式」も含めて、長崎ルートをどうするかを、今立ち止まって考えるべきでしょう。佐世保線複線化の前に決断しなければなりません。

なにもせずに、2年遅れで開発が進むのを眺めているのは問題の先送りにすぎません。

長崎県が負担増を受け入れるか

筆者の個人的な感想をいえば、長崎ルートは、もともと巨費を投じてまで作る必要のない新幹線だったと思います。長崎が九州最大の都市だった戦前ならともかく、21世紀の長崎市は九州の一地方都市になってしまっていて、新幹線の必要性が高いとは思えません。そしてなにより、長崎本線は新幹線が必要なほど逼迫していません。

とはいえ、現在の状況に至った以上、計画を全面的に白紙に戻すわけにもいきません。フリーゲージトレインは技術的に見通せないうえに、完成したとしても山陽新幹線に乗り入れ困難などの問題点を抱えています。ならば、計画を変更して、全線フル規格で作るほうが合理的に思えます。

その場合は、長崎県が佐賀県の負担をある程度肩代わりするほかなさそうです。長崎県民がそれを受け入れがたいというのであれば、スーパー特急方式にすればいいのではないでしょうか。(鎌倉淳)

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