京急の新中期経営計画を読み解く。人口減少社会に立ち向かい、品川・羽田をテコに沿線活性化を目指す。

京浜急行電鉄が2021年3月期までの5カ年の中期経営計画を発表しました。事業戦略の基本方針として「人口減少社会に立ち向かう事業構造」を明記。沿線の人口減に対応するために、ホテル事業や不動産事業などの成長事業への戦略投資を強化する方針を明らかにしました。

鉄道事業では、品川駅2面4線化や、羽田空港引き上げ線の設置などを目指すとしています。

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「品川・羽田」の波及効果を沿線に

京急が2016年5月11日に発表した「京急グループ総合経営計画」では、長期ビジョンを「品川・羽田を玄関口として、国内外の多くの人々が集う、豊かな沿線を実現する」としました。

品川駅では、2027年度にリニア中央新幹線の開業が予定されており、駅周辺の大規模再開発も緒に就いています。また、羽田空港も国際化が進み、2020年度には発着枠の拡大も予定されています。

「品川・羽田」はともに東京の玄関口であり、このポテンシャルを活かし、波及効果を沿線に及ぼしていこう、というのが、京浜急行の今後のグランドビジョンです。

京急

沿線ではすでに人口減少が

京急沿線では、横浜市金沢区や横須賀市、三浦市などですでに人口が減少に転じています。長期ビジョンでは、「日本社会が直面する人口減少という大きなテーマに立ち向かう企業集団となる」ことを目標に掲げており、京急が人口減少を深く受け止めていることがうかがえます。

長期経営ビジョンの事業戦略としては、「沿線人口減少等の事業環境の変化に立ち向かうべく、交通事業の基盤を強化するとともに、不動産事業やホテル事業といった成長事業への戦略投資を強化し、新たな事業の柱を構築する」ことを基本方針として明記しました。鉄道事業の再構築を図りながら、関連事業の収益を増やすことを目指します。

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中期経営計画の概要

以上が「長期経営ビジョン」で、以下が2016~2020 年度の中期経営計画です。概要を箇条書きにしてみましょう。

エリア戦略の重点テーマ

①品川駅周辺を核とする街づくりの推進
品川駅周辺の土地区画整理事業の2019年度着手を目指し、国際交流拠点化に向けた開発事業を推進する。

②羽田における基盤強化の推進
羽田空港アクセスにおいて確固たる地位を確立していくとともに、羽田空港周辺エリアにおいて、ホテル、商業施設、賃貸物件等への積極的な投資を行う。

③都市近郊リゾート三浦の創生
新たな観光の拠点づくりを行うとともに、鉄道・バス・タクシー等との連携により回遊性を向上させ、三浦半島観光活性化の基盤を作る。また、シニアがいきいきと暮らすエリアを目指して、住まいや健康増進の拠点づくりに取り組む。

④地域とともに歩む
地元・行政および観光事業者・開発事業者等との連携可能性を追求し、各地域の特性を活かし、魅力を向上させる事業を展開する。また、本社を沿線の中心である横浜へ移転し、沿線全域にわたるエリア戦略の推進強化を図る。

京急中期計画

事業戦略の重点テーマ

①交通事業の基盤強化
羽田空港アクセスにおける確固たる地位を確立していくとともに、事業構造を変革していくことにより、安定的な利益確保に努める。また、輸送サービスの高付加価値化などにより快適な移動を実現し,新たな旅客獲得を目指す。

②賃貸事業・マンション分譲事業の戦略的展開
沿線および都心部を中心に、賃貸事業・マンション分譲事業を展開し、交通事業に並ぶ事業へ向けて成長を図る。また、リノベーション事業等の既存ストックを活用した事業の強化も図る。

③訪日外国人需要の取込み
羽田空港国際線・国内線ターミナル駅を、当社グループの「おもてなし」を発信する拠点としていく。また、訪日外国人の快適な移動の実現に向けた施策を強化し、訪日外国人需要を確実に取り込んでいく。

④筋肉質な事業構造への変革
低収益事業の抜本的改革、重複する事業・組織の整理統合、既存事業の利益率改善を図るとともに、時代や環境変化を捉えた新規事業の展開を図る。

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品川駅は地平化し2面4線に

以上が中期経営戦略の概要ですが、気になる点について、具体的な内容をみていきましょう。

まず、品川駅改造ですが、地平化による2面4線化を実施し、品川以南の立体化により、品川第一踏切道(八ツ山橋)を含む3カ所の踏切を解消します。品川駅では駅ビルを建設し、品川駅西口では大規模な再開発を実施します。

京急品川駅地平化

そのため、駅ビル「ウィング高輪EAST」や駅前の複合ビル「シナガワグース」などは営業を休止し取り壊すようです。また、泉岳寺駅も機能強化をします。

これらの実施時期は明らかではありませんが、示されている時間軸では、品川駅地平化は2027年度のリニア開業以降に完成するようです。

羽田空港アクセスはJRを意識

羽田空港アクセスの改善については、「深夜・早朝便利用旅客対応の充実や、さらなる羽田空港利用者の増加に備えた検討を推進する」としています。具体的には、以下のようなことがあげられています。

・需要に応じたダイヤ改正の実施
・空港中距離路線バスの拡充
・定額制タクシーの利用促進
・羽田空港国内線ターミナル駅における、引き上げ線新設の検討推進
・京急ツーリストインフォメーションセンターの機能強化
・深夜早朝アクセスバスをはじめとした夜間輸送の充実
・多言語対応などソフト面の充実

品川2面4線化と羽田空港引き上げ線建設により、羽田アクセスの列車のさらなる増便を目指すようです。JRの羽田空港アクセス線計画を意識しているのでしょう。

ウィング号は増便か

鉄道輸送に関しては、「都心方面との接続性を向上させるダイヤ」や、「着席保証列車等の増強」が検討項目とされました。都営線との接続を改善し、ウィング号を増便するということのようです。

また、「沿線の催事等と連携した沿線内外からの誘客の強化」としてイベント列車の運行も増やすようです。

行政との連携としては「地域密着型バスの整備による地域交通網の拡充」としており、コミュニティバスとの協力関係を掲げているように見えますが、不採算路線バスの移管を狙っているのかもしれません。

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京急EXインの展開強化

関連事業としては、京急EXインの展開強化を挙げています。「品川~羽田空港エリアや都心への新規出店を継続し、2020年度までに3,000室体制の構築を目指す」としています。現在は9館2,080室ですので、5年で5館程度のオープンを目指しているようです。

「羽田空港を起点とした国内主要都市およびアジアへの進出を検討し、規模および利益のさらなる拡大を図る」とも記しており、海外展開も検討しています。

京急EXイン

不動産事業としては、賃貸マンションを強化し、「2020年度までに現在の5倍程度の取扱物件数を目指す」とのこと。分譲マンションは「年間400戸程度の安定供給を目指す」そうです。

このほか、リフォーム、リノベーションなどのストック事業も強化するとしていますが、事業規模として屋台骨を支えるほどにはならないようです。

「都市近郊リゾート三浦」は暗中模索

「都市近郊リゾート三浦」の創生については、以下のような施策が記されています。

・鉄道、バス、タクシーの乗り換え利便性を向上させるとともに、サイクリング、海上交通との連携強化による広域観光の実現
・企画きっぷによる三浦半島周遊モデルの提案
・地産型商品の開発、新たな観光コンテンツの発掘、温暖な気候、豊かな自然環境を活かして三浦版CCRC構想を推進すべく、医療、介護、高齢者向け住宅等の誘致・参入を専門事業者と連携し、検討・推進する。(CCRCとは、「継続介護付きリタイアメント・コミュニティ」)
・「三崎口駅前観光案内所」の開設
・「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」二つ星の紹介を契機とする訪日外国人向け宣伝の強化

「都市近郊リゾート」の施策案からは、三浦半島先端部の活性化に力を入れていく姿勢が感じられます。一方で、正直なところ、思いついたものを書き連ねている感もあります。人口減少を前にして、まだまだ暗中模索というところでしょうか。

一方、「IR(統合型リゾート)事業への参画検討」についても、いろいろ書かれていますが、見たところ、現時点では具体策はありません。横浜で検討されるなら積極的に参加していきたい、という程度です。

ちなみに、IRとは、ホテル、商業施設、国際会議場・展示施設などに、カジノを含め一体となった複合観光集客施設のことです。

鉄道事業の利益の割合を3割に

2016年5月11日付日本経済新聞によりますと、京急の川俣幸宏グループ戦略室部長は、記者会見で、「営業利益に占める鉄道事業の割合を品川再開発後は3割に減らす」と強調したそうです。現在は利益の6割を鉄道事業に依存しているので、それを半分にするということです。

将来の人口減少を織り込み、品川駅周辺再開発に力を入れ、新たな収益源を探る、という姿勢です。といっても、品川駅周辺再開発が本格化するのは2020年以降で、完了するのははるか先です。京急は、時間をかけて事業の再構築を図っていくようです。

人口が激減してから、事業の再構築をしても間に合いません。長い目で鉄道事業と関連事業のバランスを変えながら「人口減少に立ち向かう」という京急の方針は、堅実な経営姿勢ではないかと思います。

ただ、横浜以南の活性化については具体性に乏しく、一鉄道会社が人口減少に立ち向かうことの難しさも垣間見えました。(鎌倉淳)

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