JR「訪日外国人向けフリーパス」は、なぜこんなに増えるのか。たまには日本人旅行者にも使わせて!

JR各社が、訪日外国人向けのフリーパスを充実させています。JR東海は、2016年7月15日より、「富士山・静岡エリア周遊きっぷ ミニ」の販売を開始。すでに発売している「伊勢・熊野エリア周遊きっぷ」を、「伊勢・熊野・和歌山エリア周遊きっぷ」として拡充します。

こうした訪日外国人向けフリーパスは、「特急自由席乗り放題」が一般的で、価格も安く、間違いなくお得です。でも、使えるのは短期滞在の訪日外国人だけで、日本人が買うことはできません。なぜ、訪日外国人向けフリーパスは、こんなに増えているのでしょうか。

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静岡エリア乗り放題が3日間4,500円

JR東海が販売開始する「富士山・静岡エリア周遊きっぷ ミニ」は、JR東海道本線の熱海~豊橋間、御殿場線の沼津~松田間、身延線の富士~下部温泉間と、伊豆箱根鉄道の三島~修善寺間が鉄道のフリーエリア。東海道新幹線は利用できませんが、在来線特急自由席は利用可能です。

駿河湾フェリーや清水港ベイクルーズにも乗ることができ、三保の松原や富士五湖などの周辺観光地にアクセスするバスも乗り放題です。これだけ充実したきっぷが、3日間で大人4,500円、子供2,250円ですから、破格といっていいでしょう。

富士山・静岡エリア周遊きっぷ ミニ

紀伊半島全域のフリーパスも

エリア拡大される「伊勢・熊野・和歌山エリア周遊きっぷ」は、さらにお得です。名古屋~新大阪間の関西線・片町線・大阪環状線以南の紀伊半島全体がフリーエリアで、このエリアのJR線(桜井線、和歌山線、名松線除く)と、伊勢鉄道、和歌山電鉄が乗り降り自由。熊野古道や熊野三山、伊勢・鳥羽地区の周遊に利用できるバス路線も利用できます。

伊勢・熊野・和歌山エリア周遊きっぷ

有効期間は連続した5日間で、料金は大人11,500円、子供5,500円。1日あたり大人2,300円ですから、青春18きっぷ並みの価格といえます。こちらも特急自由席が乗り放題で、指定席も4回まで利用可能です。

JR東海では、これまでにも「高山・北陸エリア周遊きっぷ」や「アルペン・高山・松本エリア周遊きっぷ」といった、訪日外国人向けフリーきっぷを発売してきました。これらのきっぷは日本人から見ても魅力的です。

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JR各社の訪日外国人向けフリーパス

JR東海だけではなく、最近は、JR各社が訪日外国人向けフリーパスに力を入れています。現在発売されているJRの訪日外国人向けフリーパスを、北から書いてみましょう。(日本語名は一部筆者訳)

▽JR北海道レールパス
▽JR東日本・南北海道パス
▽JR東日本・東北エリアパス
▽JR東京ワイドパス
▽北陸アーチパス
▽JR 東日本・長野新潟エリアパス
▽富士山・静岡エリア周遊きっぷ ミニ
▽伊勢・熊野・和歌山エリア周遊きっぷ
▽高山・北陸エリア周遊きっぷ
▽アルペン・高山・松本エリア周遊きっぷ
▽北陸エリアパス
▽関西・北陸エリアパス
▽関西エリアパス
▽関西ワイドエリアパス
▽山陽・山陰エリアパス
▽関西・広島エリアパス
▽広島・山口エリアパス
▽山陰・岡山エリアパス
▽オール四国レールパス
▽九州レールパス

個々のエリアを見てみると、かつての周遊券を彷彿とさせる内容のきっぷもあり、こんなきっぷを使える訪日外国人がうらやましくなりそうです。

興味深いのは、「北陸アーチパス」。北陸新幹線・北陸本線経由で東京~大阪間が7日間乗り放題になるきっぷで、価格は25,000円。

「北陸アーチパス」

これなど、東海道新幹線に対抗するきっぷとして、価格や条件を少し変えて日本人向けに販売しても面白いと思うほどです。

「移動はこれ1枚」を取り込む

では、なぜこうした便利なフリーパスが訪日外国人専用なのでしょうか。JR関係者に尋ねてみますと、「何よりも、インバウンド需要を取り込むことが狙い」とのこと。

訪日外国人観光客は、移動の手段として、鉄道のほか、バスやレンタカー、飛行機を候補にします。手軽な鉄道フリーパスがあれば、「移動はこれ1枚で済ませよう」という需要を拾える、ということのようです。

訪日外国人向けパスには、成田空港や関西空港をエリアに含んでいるものが多くありますが、これも訪日外国人の利便性を考慮しているためです。上記の北陸アーチパスも、よく見ると成田空港と関西空港がエリアの端に含まれています。

こうしたフリーパスは、来日前や来日直後の観光客に販売します。JRとしては、「到着時までに全額運賃・料金を前払いしてくれるので、需要の取りこぼしが少ない」という思惑もあるようです。

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JR は一石二鳥

外国人旅行者の立場にたてば、日本語しか通じない駅窓口や券売機できっぷを買うのは一苦労です。フリーパスなら、その手間を減らすことができるので、外国人旅行者にも大きなメリットがあります。

裏を返せば、JRとしては、フリーパスを売ることで、駅窓口での外国人旅行者対応を減らすことができます。外国人旅行者対応は係員の負担が大きく、時間もかかるため窓口混雑の原因になります。それを減らせれば、JRとしては人件費を抑制できます。

要するに、JRとしては、フリーパスは「到着時に全額代金を前払いしてくれる」上に、「駅窓口での外国人旅行者対応を減らせる」ので、一石二鳥、ということのようです。

ジャパン・レールパスの存在

「ジャパン・レールパス」の存在も忘れてはなりません。7日間29,110円でJR全線乗り放題、指定券取り放題(のぞみなど一部列車除く)などという「究極のフリーパス」です(14日間用、21日間用もあり)。

ジャパン・レールパス

JR各社のなかには、あまりにも安く、指定席が取り放題のジャパン・レールパスを廃止したいという意見もあるようです。ただ、国鉄時代に観光振興を目的として導入された経緯があるだけに、そう簡単に廃止できません。

ジャパン・レールパスはJR6社の共同商品のため、収入は各社で分配されます。そのため、JR各社としては、自社エリア内の利用者には自社のきっぷを使ってもらったほうが有利です。それが、ジャパン・レールパスよりも安くて使い勝手のいいフリーパスが増えている理由のひとつだそうです。

JR各社のフリーパスは、ジャパン・レールパスに対抗するため、価格を抑え、バスや私鉄、フェリーをフリーエリアに加えるなどの工夫をしています。

観光手段として使われる

さらに付け加えれば、日本人の場合は、フリーきっぷを「使い尽くす」人が少なくありませんが、訪日外国人ではそういう人は多くはありません。

ほとんどの訪日外国人旅行者は、鉄道を乗りつぶすわけではなく、観光の交通手段としてきっぷを使います。そのため、格安でフリーパスを販売しても、鉄道会社として割に合わないほどではないのでしょう。

外国人旅行者の便宜を図ったこうしたフリーパスは、観光振興の施策としては素晴らしいと思います。少しだけ希望をいえば、期間限定でいいので、たまには日本人も「体験利用」できる機会を与えてくれるとうれしいですね。(鎌倉淳)

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